「外傷性髄液漏」とは

「外傷性髄液漏」とは

髄液漏」とは、交通事故のような非常に激しい頭部打撲により頭蓋底の骨折をきたし、脳を包んでいる硬膜が破れ、髄液が体外に流出してしまう重篤な状態です。最も多いのは鼻から漏れる「髄液鼻漏」で、透明なさらさらとした液がぽたぽたと鼻から漏れてきます。髄液漏が少しでも疑われた場合、ただちに緊急入院となることは言うまでもありません。

髄液漏は入院を要するような重篤な頭部外傷の1%から2%に見られ、原因となる骨折は前頭蓋底骨折。つまり前頭葉を包んでいる頭蓋骨の底の部分が骨折して起こることが多く、いかに重症の外傷かがわかります。前頭蓋底には匂いの神経、嗅神経が走っていますのでこの骨折により嗅覚が消失してしまうこともあります。

鼻から出てくる液が髄液かどうかはどのようにして判別するのでしょうか。髄液には糖が含まれていますので漏出液の糖分チェックをする事が外来でできる最も簡易的な方法です。ただし涙にも少量ながら糖分が含まれているため、最近では免疫学的な詳細な検査も可能になっています。また起きあがったり、うつむいたり、腹圧を加えたりする操作で流出量が増加するようならば髄液漏の可能性が高まります。

さらさらとした透明な水様性鼻汁で鑑別すべきはアレルギー性鼻炎です。しかしアレルギー性鼻炎では体位に関係なく流出しますし、季節的な変化があり、また鼻汁と同時に結膜充血など他の症状も出ることが区別のポイントになります。

ビール瓶をさかさまにして液体が流れ落ちると、逆にポコポコと空気が入ってきます。そのような原理で、髄液漏を起こすとCT検査で脳内に空気が侵入している状態が観察されます。脳内は無菌ですので髄液漏がおこるとその漏孔から細菌が入り髄膜炎を来たす可能性が高く、危険な状態といえます。髄液は1日に500ccも産出されますので、小さな漏孔でも閉じるのには時間がかかります。そのため髄液漏が疑われた時はベッド上で数週間の安静が必要です。自然治癒しない場合は外科的に孔をふさぐ手術を行います。

「髄液漏疑い」という診断書。

脳外科医ならば安易に書ける診断名ではありません。

抗認知症薬の副作用と使い分け

抗認知症薬の副作用と使い分け

アルツハイマー型認知症を治す薬はありませんので、今使われている薬はその進行を遅らせるために使用されているものです。その「進行」とは何でしょうか。物忘れがひどくなることでしょうか。それも確かにあるでしょう。でも実際には、物忘れがひどくなって困っているご家族はそれほど多くはありません。困っているのは、いわゆる周辺症状といわれる諸症状です。有名な周辺症状は、物盗られ妄想、被害妄想、嫉妬妄想のような妄想症状、暴言、易怒性のような興奮しやすさ、昼間ずっと寝ていて起きて来ないという昼夜逆転や意欲喪失などなどです。これらの周辺症状をBPSDと呼びますがこれらの症状の悪化が患者さんを苦しめ、ご家族の介護を困難にしているのです。

ですから、抗認知症薬を使って物忘れの進行が抑えられたとしても副作用などでBPSDが進行してしまえばその治療はうまくいっていないことになります。すぐに軌道修正する必要があります。家族、スタッフの対応や医師の処方などどこかに問題があるのです。私の外来では認知症と診断しても抗認知症薬を必ず使うのではなく、患者さんやご家族にとって今何が一番問題となっているかを考えて処方を決めています。副作用が出た場合は直ちに中止し、次の手段を考えることになります。

ここでは代表的な三種類の抗認知症薬の特徴を紹介します。

1.アリセプト(ドネペジル)

一番早く開発された抗認知症薬で、神経伝達物質のアセチルコリンを賦活化させる薬剤です。これと類似した機序の薬にはレミニール(ガランタミン)、リバスタッチ、イクセロンパッチ(リバスチグミン)などがあります。認知機能の改善、日常生活動作の改善、行動障害の改善などがあるとされています。けれども認知症は進行性の病気ですので、一時的に効果があっても症状はゆっくりと進んでいきます。ドネペジルは感情や行動や言動を活発化させる薬剤なので、アルツハイマー型認知症の患者さんの中でもおとなしいタイプ、無関心になったり意欲が落ちているタイプに有効です。服用後元気になった、明るくなったという効果を実感できることもよくあります。逆に活発すぎるタイプに使うと攻撃性や興奮性、易怒性が出現して介護が困難になることがあります。

また一般的な副作用として吐気、胃部不快感、食欲不振などの消化器症状が出ることもあります。この副作用は栄養状態の維持にかかわる大問題ですので、このような症状が出たら無理に続けずに他の薬への変更を考えます。

2.メマリー(メマンチン)

メマンチンはドネペジルとは異なる作用の薬で、易怒性や易興奮性、暴言、介護への抵抗などが見られるケースに適応となる薬です。メマリーを使用すると行動や感情が安定してくることが多く、強い鎮静剤などを使わずに済むこともよくあります。活発すぎるBPSDの改善効果も期待できるので、軽い鎮静作用のある抗認知症薬という位置付けで使用しています。この薬は量を増やしていくとどうしてもふらつきやめまい感が出てきます。その場合は服用時間を変えて夕食後にする、少量で様子をみて徐々に増やすなどの工夫が必要です。めまいやふらつきは転倒、外傷という大きな問題を引き起こしますので注意して経過を見なければいけないお薬です。

3.レミニール(ガランタミン)

脳内アセチルコリンを活性化する薬ですが、ドーパミン、セロトニン、GABAなどそれ以外の神経伝達物資にも影響を与えるため、認知症の周辺症状にも効果が期待できる薬です。易興奮性などの副作用はドネペジルよりも出にくい印象があります。抑うつ症状、意欲低下などの陰性のBPSDを改善させるだけでなく、易興奮性、易刺激性を抑える効果もみられます。海外では脳血管性認知症の適応もとれていますので合併しているケースでは良い適応になります。胃の不快感、吐気などの消化器系副作用はやはりみられることがありますので、その際は他剤への変更を考慮します。この薬は一日2回の服用が必要ですので、家族の見守りなど服用の環境が整っていることが肝要になります。

もの忘れ外来・医師の対処法「虎の巻」

もの忘れ外来・医師の対処法「虎の巻」

認知症をたくさん診ているクリニックでは医師たちがいろいろな工夫を凝らして診療を行なっています。「頭はボケても心はボケてない」。そのことを医療者や一緒に暮らすご家族は実感していると思います。もの忘れ外来で医師が行なっている工夫はご家族にも役立つことが多くあると思いますのでいくつかご紹介します。


1. 病院にかかりたがらない時は?

これはむしろご家族にとって切実な問題ですね。認知機能の低下により病識がなくなり、物忘れをあまり気にかけないのがアルツハイマー型認知症の特徴です。物忘れをひどく心配している人は病気ではないことが多いのです。心はボケていない、すなわちプライドは保たれていますので、「最近物忘れがひどいから病院に行きましょう」という言葉ではただ反発されるだけで承諾を得ることはできません。

最近は脳の定期健診は普通のことですので、ご家族が自分たちの検診に一緒についてきて欲しいと誘う方法が一番有効です。脳梗塞や脳腫瘍や色々な病気を早期発見する事が何よりも大切だから一緒に検査を受けましょうと説明してください。診察室で騙されたと不信感を覚えないように、受付で「本人は認知症の検査とは思って来ていません」というメモをこっそり渡してくださると私たちは気づかれないようにうまく認知機能を探ることができます。


2. 診察室での認知機能検査は必要?

一般的には認知機能のレベルを調べる時は簡単な神経心理テストを行います。けれども病院に来た不安感から懐疑的、防御的になっている患者さんにはそのような検査をすることは得策ではありません。一度機嫌を損なうとその後の治療計画が進まなくなります。

そこで何気ない日常的な会話をしながらそのレベルを推測していくことになります。実際問題として、テストの点数より本人や家族が何にどの程度困っているかという事実が一番大切な事ですので、聞き取りを十分に行なえばかなりの確率でそのレベルを確定する事ができるのです。

興味あるニュースを尋ねて「最近は特に面白いニュースとかありません」「自分には関係ありません」、もともと野球好きの方に日本シリーズはどこが勝ちましたか?「野球やら興味ありませんもん」、孫の名前は?「孫はめったに来んけん忘れました」、趣味は?「人と会うのは好きじゃないから行ってません」などという返答が返ってくれば心理テストの必要性はあまりないとも言えます。


3. 薬を飲んでくれない時は?

「私はもの忘れなどしない。病院には行かない」と言い張って無理やり受診させられた方でも、数十分の診察を終えて画像診断の説明をして「ほんとにいい時期に受診してくれましたね、ご家族のお陰ですね」「少し同じ年代の人よりもの忘れが進んでいるようです」「でも今なら大丈夫ですよ」「物忘れ病にならないように今のうちからお薬を飲みましょうか」と話すと多くの場合素直に応じてくれます。

ただし、実際には服薬環境が整っていなければ処方はできません。「物忘れをする人に忘れないように薬を飲んでもらう」。そもそもこれは矛盾している話です。ですからご家族の協力や社会的なサポートシステムを利用してきちんと服薬してもらえるかを確認してから治療スタートさせます。


4. 薬が効いているかわからない時は?

これもご家族には切実な問題です。抗認知症薬は進行を遅らせる効果と言われていますが、服用してから一時的に症状が改善し元気になった印象を受ける人もがいるのも事実です。神経伝達物質を活性化させるので、会話が増えたり趣味を再開したり食欲が改善したりします。しかしそれも長くは続きません。認知症の症状はその後徐々に進行していきます。その時に薬が効かなくなった、薬を変えなくていいのかという疑問を御家族は持つことになります。

この様な一時的な改善傾向がなくなったからといってそこでお薬を変えてもあまり良い効果は得られません。お薬の変更は大変難しい問題ですが、数カ月から数年の経過の中で進行が早くなったり、対処に困るような周辺症状が急に悪化してきた時に考慮すべき戦略です。


5. 副作用が出た時は?

認知症のお薬が処方されたら吐き気や食欲低下や眠気、ふらつきなどに注意して見てあげてください。また急に元気になり過ぎて怒りっぽくなったりイライラ感が増えるようなら副作用の可能性がありますので書き留めておいてください。医師も次の診察の時にそれらの点について質問をするはずです。抗認知症薬は少量から開始してその後通常量に増やしますが、副作用が出た場合は薬を変えるか少量の用量に戻して続けて頂きます。

副作用で食欲が落ちて体重が減ったり、体力が落ちるようなことがあっては本末転倒ですので、良い全身状態が保たれていることがなにより大切です。

片頭痛にめまいが合併する「前庭性片頭痛」

頭痛外来には、片頭痛発作時に吐き気や光過敏などの通常の随伴症状だけでなく、激しいめまいを伴って受診する方がおられます。逆に耳鼻科のめまい外来にはめまい発作につらい頭痛を合併して来られる方がいます。このようなケースでは「前庭性片頭痛」という病気を考慮する必要があります。以前は「片頭痛関連性めまい」といっていたのですが2013年の国際頭痛分類で改変されました。

前庭性片頭痛」の国際診断基準をわかりやすくまとめますと次の様になります

  1. 過去に片頭痛の診断を確実に受けている事(片頭痛の診断基準を満たしている事が必要です)
  2. 5分~72時間の間で持続するつらいめまい発作が起こること
  3. 2のめまい発作の少なくとも半分には、下の様な片頭痛の特徴をもつ頭痛を合併すること。片側性、拍動性(ズッキンズッキンする)の強い頭痛、光や音に過敏になる、日常動作で悪化する、視野にキラキラするものが見える前兆(閃輝暗点)が起こる。(以上のうち2項目当てはまればよい)

めまいは回転性の場合もあれば、ふらつきのようなめまいもあります。めまい発作を時々繰り返して受診している方に、以前片頭痛と診断されたことがなかったかを尋ねると、問診だけでも診断がつくことがあります。もちろん、頭痛外来で専門医の診断を受けている事が前提です。耳鼻科の領域ではまだあまり認知度が高くありませんので、これから徐々に知られていく病気かと思われます。

頭痛外来では前庭性片頭痛はあくまで片頭痛の一種として考えていますので、片頭痛で適応を取っているカルシウム拮抗薬、抗てんかん薬、抗うつ薬などを用いて治療を行っています。2週間くらいの投与で効果が出てくるケースが多いようです。また、片頭痛を起こさないための生活上の管理が大切で、睡眠不足やストレスに注意し、人ごみやまぶしい光を避けるなど視覚刺激に対する工夫も大切です。

前庭性片頭痛の有効な治療法に関してはまだまだ症例が蓄積されているとはいえません。メニエール病との区別が難しい事もあってスタンダードな治療が確立していないのが現状です。現時点では頭痛外来で発見されるか耳鼻科で発見されるかで治療方針が変わることもありますので、これからさらに双方の症例に検討が加えられてスタンダードな治療方針が定まっていくことになるでしょう。

ぼーっとして反応がない「高齢者てんかん」

「てんかん」というと子供に多い病気というイメージがあります。けれども最近のてんかん年間発症率は高齢者と小児でほぼ同数になっています。年を取ると大脳の表面(大脳皮質)が徐々に老化して障害され、神経細胞が過剰に興奮しやすくなります。原因となる病気は脳血管障害、認知症、外傷などですが、原因がわからないものも三分の一くらいあります。


高齢発症のてんかんの特徴

1.側頭葉てんかん(意識消失発作)

これは、ひきつけを起こしたり、ばたっと倒れたりしないてんかんで、高齢者に多いタイプのてんかん発作です。「突然動作が停止する」、「呼びかけてもぼーっとして無反応で一点を凝視する」、「意味もなく口をもぐもぐさせたり、周りの物を手でまさぐるような動作をする(自動症)」などの症状が出現します。このような発作は1,2分で元に戻りますが、もうろう状態が数十分続き、その間の記憶が抜け落ちます。そのため自分でも発作に気づかず、まだらに記憶が抜けたり、つじつまの合わない会話をするため、認知症と間違えられてご家族と受診されることもあります。過去にも同じ様なことが何度かあったという場合は診断がつけやすくなります。これらの症状は抗てんかん剤の内服で症状を抑えることができます。

2.アルツハイマー型認知症とてんかん

アルツハイマー型認知症のてんかん発症率は正常高齢者の2倍から6倍です。若年発症のアルツハイマーや認知機能障害の程度が重症な人ほどてんかんの頻度が高い事もわかっています。これは神経の変性が強いためと考えられています。またてんかんを起こす認知症の方は、物忘れの進行が早い事もわかっていますので、認知症とてんかんの両方を持っている人には抗てんかん剤を積極的に使い、完全な発作予防を目指しています。

3.脳卒中とてんかん

脳卒中(脳血管障害)のあとにてんかん発作を起こすことがあります。脳卒中後1週間以内におこすものを「早期発作」と呼びますが、重要なのはその後に起こる「遅発発作」で、これは長期間繰り返す傾向があります。脳卒中後10年間に発作が一度でも起これば「遅発発作」として内服薬による治療を開始するよう国際てんかん連盟は推奨しています。

四肢や全身のけいれんがあれば診断は容易ですが、先に述べましたように意識がもうろうとする発作、まだらな記憶障害や自動症も多く、十分な問診をしなければ診断が難しい事もあります。てんかんを診断する最も重要なツールは問診です。てんかんは認知症外来を行う上でも忘れてはならない病態です。

治療の面でも最近は次々と新しい抗てんかん剤が開発されていますので、一種類のお薬でコントロールがうまくいかない方は、薬をさらに加えたり、変更する事で大変良い結果が得られるようになっています。てんかん治療も昔と比べると格段に進歩しています。

不眠の脳科学(3) 交代勤務者の睡眠術

日本の労働者の5分の1は交代勤務者です。工場や医療、交通関係や飲食業などで深夜早朝まで頑張って働いている人たちがたくさんいます。交代勤務者の問題点は不規則でバランスの悪い食事と運動不足、そして睡眠です。

交代勤務を連続して行なうと生体リズムが狂ってしまいますので、まず連続させない事が大切です。単発の徹夜勤務のケースでは午前中に軽く仮眠をとり、夜にしっかり寝れば特に問題はありません。その際、生体リズムを崩して不眠の原因にならないように、朝から夕方まで一気に長時間寝てしまわない事が大切なポイントです。

問題となるのは連続する交代勤務や深夜勤務のケースです。朝帰宅しても世の中が動き出す慌ただしい時間帯ですのでなかなか寝つけません。もともと朝の光は体内時計をリセットさせる効果がありますので、それを浴びると益々眠れなくなります。ですから早朝に帰宅する仕事を続ける場合はサングラスをかけて帰宅するのが有効です。部屋も薄暗くしてパソコンやスマホは見ないようにします。それでも午前中なかなか寝つけない人はお昼ごろから4、5時間寝るようにします。体内リズムの影響で人間が一番眠くなる時間帯を利用するのです。

アルコールを飲んで寝るという人もいますがこれは昼夜問わず良くない方法です。アルコールは3,4時間後にアルデヒドという物質に変わります。これは脳を覚醒させる物質です。寝つきが良くなるように感じますが、体内で覚醒物質に変わるので早く目が覚めます。「睡眠不足なのに早く目覚めてしまう」のですっきりしない一日になります。依存性もありますのでどんどん飲酒量が増えていくという問題もあります。そういう場合は医師の判断で正しく睡眠薬を使う方がいいのです。

さらに、アルコールと睡眠薬を一緒に飲む人もいますがこれが一番危険です。夜間のトイレや飲水などの行為を完全に忘れてしまったり、ふらついて転倒することも増えます。冷蔵庫の中のものを手当たり次第食べてしまい、それを覚えていないという健忘症の事例もあります。アルコールを飲んでから睡眠薬を飲む場合は最低でも3時間は空けることが必要です。

最後にトイレの話。年を取るとトイレに起きることが多くなります。これは年齢と共に睡眠が浅くなってくるという睡眠の深さと関係があります。眠りが浅くなると膀胱が小さくなるのでトイレに行きやすくなるのです。若い頃は眠りが深いので膀胱が小さくならないのです。高齢者の深い眠りは就寝から3時間後に現われる事がわかっていますので、最初の3時間に尿意で目覚めなければ睡眠障害にはなりにくいのです。睡眠薬による治療が必要になるかどうかは最初のトイレタイムが就寝後何時間で起こるのかがポイントです。

不眠症の脳科学(2) 5分でも有効。正しいお昼寝の作法。

旧ソ連のチェルノブイリ原発事故、アメリカスリーマイル島原発事故、スペースシャトルチャレンジャー号の悲劇的な爆発事故、これらはすべて人間の睡眠不足が原因と考えられています。スキーツアーバスの事故など睡眠不足は人間の集中力や注意力を奪ってしまいます。また睡眠が不足すると肥満、高血圧、糖尿病 脳梗塞、認知症、うつ病も増えてきます。

正常の睡眠をとっている人と比較すると睡眠時間が5時間未満の人は2.5倍糖尿病になりやすい事がわかっています。高血圧でも同様です。最も関係が深いのが肥満症です。睡眠時間が短くなるとグレリンという食欲ホルモンが増え、一方で食欲を抑制するレプチンが減ってきます。そのため一般成人で平均睡眠時間が5時間を切る人は太りやすいことが証明されています。また寝る子は育つと言うように睡眠中は成長ホルモンが分泌されますので、十分睡眠をとっている子は平均より身長が高く、成績も良くなるという研究があります。

人間の睡眠時間のうちで最も深い、質のよい睡眠がとれるのは「午後10時から午前4時くらいまで」です。ですから同じ6時間寝るとしても午前2時に就寝すると深い眠りは最初の2時間にしか現われないのですっきりした目覚めにはなりません。65歳以上の人が10時、11時頃に就寝するとだいたい4時、5時頃には眠りが浅くなってきます。その後床に入っていても最後の1、2時間は深い眠りにはなりません。浅い眠りの中でその夜で一番長い夢を見ます。人は一晩に4、5回の夢を見ていますが、この最後の夢だけを覚えています。

正しいお昼寝の方法です。人間が一番眠たくなる時間は夜中の2時~4時と午後2時~4時の間です。ですから仕事の効率を上げるための正しいお昼寝タイムは「午後1時半から2時の間」ということになります。お昼寝時間は5分~10分。長くて20分。完全に眠ってしまわなくてもいいのです。5分でもアイマスクや耳栓で光や音をシャットアウトして仮眠体制を作ることだけで脳はリフレッシュして午後の仕事の効率が上がります。私自身も5分(できたら10分)昼寝法を実践していますが、その効果は明らかです。このお昼寝作戦は企業や高校、今では中学校でも取り入れられています。お昼寝は午後の集中力、意欲の亢進に役立つだけでなく夜間の睡眠の質を高め、不眠症の対策としても有効なのです。

不眠症の脳科学(1) 脳が眠くなるのは起床16時間後

ストレス社会に生きている私たちですが、睡眠中だけはストレスから解放されています。ベッドメーカーの宣伝ではありませんが、人生の三分の一はふとんの中で過ごしているともいえるわけですから質の良い睡眠を取ることはとても大切です。睡眠学の専門家、内村尚直先生の著書等の学術書を参考に脳科学から睡眠を考えてみたいと思います。

脳の中には生体時計がありますが、この時計は地球の自転24時間より長い約25時間の周期で動いていますので人間はこれを微調整しながら生きています。この微調整に最も強い力を発揮するものは「朝の光」です。この光で私たちは25時間を24時間にリセットしているのです。さらには胃や腸の中にも時計があって、朝決まった時間に食べ物が消化管を通過する刺激によっても微調整されています。朝の光と朝食は生体リズムを整えるために非常に大切だということがわかります。

他に生体リズムを整えるために必要な要素は、人との接触や仕事などの社会的リズム、適度な運動、夜は暗く静かな所で過ごすといった環境のリズムです。運動する時間帯も大切で、昼間の運動はいいのですが夜の運動は不眠症の原因になります。トレーニングジムで深夜に運動をすることはダイエットには良さそうですが睡眠にとっては良くない習慣です。また明るい照明は眠気を妨げます。パソコン、スマホの使用や夜にコンビニに長く滞在することは不眠の原因になると言われていますので高校生は気をつけないといけません。

不眠の訴えで受診される患者さんは少なくありませんが、いったい人は何時間寝れば大丈夫なのでしょうか。睡眠時間と死亡率を調べた研究では6.5時間から7.5時間が一番健康で長生きできるという結果が出ているようです。けれどもこれは年齢で変わってきます。8時間も眠れるのは15歳まで。25歳で平均7時間、45歳で6時間半、65歳を越えたら6時間しか眠れません。それで十分になってきます。人は年相応にしか眠れないようにできているのです。

不眠治療の専門家は起床時刻からの時間を重視しています。人間の脳は起床して目に光が入ってから16時間たつと眠たくなるようにできています。睡眠に向かわせる物質、脳内メラトニンの分泌がその頃に増加してくるからです。ある時刻に寝ようと思ったらその16時間前に起きる必要があります。たとえば日曜の朝ついつい10時まで寝てしまうと16時間後の翌日午前2時にならないと眠くならないので、月曜日は間違いなく睡眠不足です。日曜日、いつも通り朝7時に起きると夜11時には眠気がやってきますので月曜はすがすがしい目覚めになります。これが脳科学的な睡眠の考え方です。

味覚の脳科学「おいしいと感じる仕組み」

私のクリニックでの受診を終えたご婦人が近くのバス停でバスを待っていたところ、歩道をかなりのスピードで走って来た自転車と接触して転倒。激しく尻もちをついた衝撃が脳に伝わり嗅神経を損傷してしまいました。2年後の今も匂いが全く分からず、そして食べたものが全く美味しく感じられないという大変な後遺症が残ってしまったのです。

何故そのようなことになってしまうのでしょうか。最近発行されたある科学雑誌に「私たちが味と考えているものはかなりの部分が風味であり、嗅覚がもたらすものです」というモネル化学感覚研究所のロバート・マルゴルスキー博士の言葉が載っていました。このような実験があります。鼻をつまんで白いジェリービーンズをかむと、すぐに舌で甘さを感じます。味蕾から脳の味覚中枢に刺激が伝わって甘さを認識するのです。でもこれはなんの変哲も味わいもないただの甘さです。しかしその指を離すとたちまちおいしいバニラの風味が一気にひろがります。次に、鼻をつまんだ状態で舌にバニラエッセンスを一滴垂らすと今度は何の味もしません。バニラエッセンスには香りがあるだけで何の味もないからです。

私たちが味と感じているものは実は「風味」です。食べ物をかんで、飲みこみ、息を吐くと、食べ物に含まれる揮発性の成分が喉から鼻の奥(後鼻腔)へ入っていきます。そして400種類といわれる嗅覚受容体と結び付くのです。

脳科学的にみても「風味」とは実に興味深いものです。面白いのは脳は単に鼻先から入ってくる匂いと食べ物をかんだ時に生じる匂いを区別して認識しているらしいのです。くんくんと何かを匂った時の単純な匂いは匂いの中枢で処理されるのですが、後鼻腔から来た匂いは舌で感じた味の情報と統合して処理され、そこで「風味」とよぶ感覚が作り出されるのです。

私たちは風邪をひいて鼻がつまってしまうと食べ物の味わいがなくなることを経験的に知っています。食べたものの中にある揮発性物質が嗅覚中枢に届かなくなるからです。先に書いた御夫人も事故によって嗅覚が奪われ、生活が味気ないものになってしまったことは本当に気の毒です。頭を直接打撲しなくても尻もちの様な外傷でも脳内に出血を来たしたり、嗅神経が損傷される事は時々見られる事例です。

味覚の脳科学「おいしいと感じる仕組み」

味覚の脳科学「おいしいと感じる仕組み」

脳の健康とマイルドな糖質制限

脳のエネルギーは全てブドウ糖でまかなわれています。脳はエネルギーを一番多く必要とする臓器ですが、蛋白質や脂肪ではエネルギーを補えない仕組みになっています。脳は安静にしていても1日250g、1時間に5gのブドウ糖を消費していますが、ブドウ糖をほとんど蓄積できないので常時供給してやる必要があります。頭が疲れた時や長時間の勉強、会議の時などに少量の糖分を取ると頭がすっきりしたり、集中力が増す体験をした事がある方も多いと思います。ブドウ糖は脳の活動を維持して効率よく働かせるために大切な栄養素なのです。

けれども糖分は良い事ばかりではありません。確かに糖は脳のエネルギー源ですが、摂り過ぎると脳がダメージを受けることになります。糖質を過剰に摂ると膵臓から大量のインシュリンが分泌されてブドウ糖を除去しようとし、急激な低血糖状態になり、脳は糖のガス欠状態に陥ります。糖質は記憶や意欲など脳内の働きをつかさどっている「神経伝達物質」を作るために必要ですので、その状態が繰り返されると脳の機能は徐々に低下してゆきます。「アルツハイマー型認知症は脳の糖尿病」と言われているのにはそんな理由があるのです。

また糖質には中毒性があります。糖分や炭水化物を摂ると脳のA10神経が刺激されドーパミンという物質が分泌されて強い快感をもたらします。このメカニズムはドラッグの依存性と似ています。そのため日常的に糖分や炭水化物を摂り過ぎているとより多くの物を欲しくなり、それが満たされないと落ち着きがなくなりイライラしたりや怒りっぽくなったりします。炭酸飲料やスポーツドリンク、甘い缶コーヒー等を日常的に飲んでいる人にもこのような傾向が見られます。脳に対して良い習慣とは言えません。

この様に糖質は人体にとって必要なものですが、脳の毒にもなる恐いものでもあるのです。最近流行りの極端な糖質制限ダイエットは健康上に問題があると言われていますが、日常の食生活の中でマイルドに糖質を制限しておくことは糖尿病の予防やアルツハイマー型認知症の予防のためにも大切なことです。

100グラム中に含まれる糖質量の多い食品少ない食品を紹介しておきます。

基本は炭水化物や甘い物を避けることですので難しいと感じられると思いますが、まずは三食とも抜くのではなく夕食だけ抜くことでも十分有意義なチャレンジだと思います。


積極的に摂ってもいい主な食品

豆類 木綿豆腐 1.2g
がんもどき 0.2g
納豆 4.6g
無調整豆乳 2.9g
果実 アボカド 0.9g
藻類 もずく 0.0g
生わかめ 2.0g
肉類 生ハム(長期熟成) 0.0g
ベーコン 0.3g
卵類 0.3g
乳類 牛乳 4.8g
プレーンヨーグルト 4.9g
プロセスチーズ 1.3g
アルコール 赤ワイン 1.5g
ウイスキー 0.0g
焼酎 0.0g

量に気をつけるべき主な食品

穀類 白米 36.8g
玄米 34.2g
食パン 44.4g
ロールパン 46.6g
うどん 20.8g
そうめん 24.9g
ラーメン 27.9g
そば 24.0g
パスタ(乾麺) 69.5g
いも類 じゃがいも  16.3g
さつまいも 29.2g
豆類 小豆 40.9g
インゲン豆 38.5g
調味料 グラニュー糖 100.0g
はちみつ  79.7g
ケチャップ 25.6g
中濃ソース 29.8g
カレールー 41.0g
アルコール 日本酒 4.5g
ビール 3.1g
梅酒 20.7g
果実 干しブドウ 76.7g
バナナ 21.4g