認知症患者の「不安」について考える

認知症の患者さんは不安の中を生きていると言われています。

けれども認知症になった事のない私たちにはそれを真の意味で理解する事はできません。認知症患者が抱いている漠然とした「不安」とはいったいどんなものなのか、それを推し量ることは認知症理解のための一歩だという気がします。

不安とは「特定の対象を持たない漠然とした恐れの感情」です。具体的な恐怖と異なり不安の種は私たちの日常に無数に転がっています。中国では空が落ちてくるのを心配した人の逸話もありますし、日本の古い民間伝承には不安の強い人が神経を費やし過ぎてついには木になってしまったという話もあるほどです。人間はいつの時代も不安から逃れられないのでしょう。

不安の特徴

不安の第一の特徴は「対象のない恐れ」だということです。事故や強盗などの具体的な恐怖ではなくあくまで霧の中の想像の世界ですのでどこまでも大きくなってしまいます。そしてそれは「自分でコントロールできないという恐れ」を生みます。自分では解決できない、自分では手に負えないという恐れが不安の根本にはあるのです。また不安は「自分の存在自体が脅かされていくことへの恐れ」の表れでもあります。ですからそれぞれの認知症患者が「何に対する恐怖を不安と感じているのか」を考えてみる必要があります。

不安の中を生き抜いている認知症

自分が認知症になったと想像してみると、彼らが常時不安感にさいなまれているという事はたやすく想像できます。昨日ここに置いた物が何故なくなっているのか、この棚に入れたものが何故すぐに消えてなくなるのか、初めて話した事なのに何故何度も聞いたと言われるのか、単純な事を質問されているのに何故答えられないのか、約束どおりの場所に来たのに何故誰も来ていないのか、家に向かって歩いているのに何故知らない場所にいるのか、知らない人が何故家の中にいて私に馴れ馴れしく話しかけてくるのか・・・、きりがないほどの不安の中を生きているのだと想像できます。

そこで彼らはその不安から身を守る行動を身につけます。

「とりつくろい現象」

その第一がアルツハイマー型認知症の典型的な特徴、とりつくろい現象です。

アルツハイマー病の人は質問に対してあまり深く考えようとせず、その場しのぎの言い訳や作話でその状況をとりつくろう行動をとります。

たとえば最近のニュースについて尋ねられ返答に窮した時のとりつくろい現象は「最近全然大したニュースがないから(東日本大震災の翌日)。」「テレビを見ないから(一日中見ている)。」「今日は新聞を読んでいないから(隅々まで読んでいる)。」「今飛び起きてあわてて来たばかりだから(もう12時ですけど)。」「庭の剪定が忙しいから(数年前から剪定はやっていないのでは?)。」「先生が怖いから(怖くない、やさしい)。」「こないだ退職してから興味がなくなった(退職は10年以上前)。」という具合です。

これらの反応は自分の存在を守るため、自分の存在が不安にさらされないようにするための自己防衛手段と考えられます。

「怒りの対象を作る」

対象のない恐れは人間の不安を最も増強させます。記憶障害や空間認知障害のために認知症患者は頻繁に物をなくし頻繁に物を探しています。「そこに置いたものがもうなくなっている。」➱「何故か理由がわからない。不安だ。怖い。」➱「誰かのせいにする。」➱「嫁が盗ったに違いない。」➱「怒りの感情で不安が軽減する。」➱「もの盗られ妄想」という心理背景がそこにはあると言われています。怒りの対象を作って不安を軽減する。

この現象を立命館大学社会学の天田先生は「怒りの対象創出作戦」と名付けていますが、これは健康な人の日常でもありうる話です。

「できることを強調する」

さらに認知症患者はできることを強調する傾向が顕著です。アルツハイマー型認知症患者の中には症状がかなり進行しているのに時候の挨拶が驚くほどきちんとできたり、診察のお礼といって不自然なほどの気配り(高価な贈り物)をしたりする人がいます。彼らは深層心理の中で自分が変化していくことへの不安を持っていますので、それを覆い隠すためにできることを強調する傾向があるのです。プライドを維持したい、私は気配りのできる人間ですよとアピールしたい、かつての自分の尊厳を維持したいという気持ちが働くのでしょう。これも自分の存在が危うくなる不安から逃れるための防衛手段と考えられます。

言うは易し行うは難し

「介護者は認知症患者の形成している独特な世界を理解して暖かく接するべし」とよく言われます。毎日認知症の方と生活しケアをしている家族にとって、わかっていてもそれは簡単な事ではありません。叱責する、荒い言葉で注意する、急がせる、焦らせるなどの行為が認知症を悪化させることははっきりしているのについついというのが人情というものでしょう。

介護者にひとつできる事があるとすればこの「不安」をキーワードとして考えるアプローチではないでしょうか。認知症患者の理解しがたい行動、介護者をいらいらさせる行為や発言の多くは、どんな人間にも内在する「不安」が病気によって増幅されてそのようにさせているのです。そう考えるだけで少しだけ応対の仕方に余裕や変化が生まれるかもしれません。

参考文献 「不安になる」:立命館大学大学院先端総合学術研究科准教授 天田城介

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