認知症患者の不機嫌さと体調不良

認知症患者の不機嫌さと体調不良

不機嫌な認知症患者をみかけると認知症からくる症状だから仕方ない、とつい決めつけてしまいがちですが、実際には身体の不調が原因になっていることもあります。泣いて母親を振り向かせる赤子のように不機嫌になっているのです。水分摂取を気にかけないので脱水傾向になったり、頑固な便秘を抱えている事もあります。そのどちらもが全身状態を悪化させ、認知症特有の不機嫌さに直結しています。認知症施設のスタッフは脱水予防と排便管理、便秘の対策にいつも追われています。

せん妄と脱水

認知機能が急に低下し、会話が通じなくなり、幻覚や妄想、異常行動が出てくるとせん妄状態を疑います。せん妄は寝ぼけが悪化したような意識障害の一つで、認知症や術後の患者さんに良く見られます。このせん妄の重要な原因の一つに脱水が知られています。認知症の方は飲水に対する意識が低くなるので、ケアをする方は適宜飲水の励行と一日水分摂取量を把握することが大切です。水分摂取の少ない人や拒否をする人に対しては無理な促しは反発を招きますので、マジシャンセレクトが有効です。マジシャンセレクトとは選択肢を目の前に2つ提示して「どちらを飲みますか」と選択させる方法です。こうすると人間はついどちらかを選んでしまうのです。

便秘と不機嫌

「三日以上排便を認めない」「または排便があっても残便感があるもの」を日本内科学会は便秘と定義しています。高齢になると便秘になりやすくなります。それは食事飲水量の低下、腹筋群の筋力低下、腸の動きの悪化などが原因です。

認知症患者ではこれに加えて記憶障害や心理行動症状も原因になります。排便した事を忘れて常時便秘を訴える「偽性便秘」や便意を排便のサインと認識できずに我慢してしまいこれが習慣化して便秘になっていくタイプなどです。また「トイレに知らない人がいる」という幻覚妄想からトイレに行かなくなる場合もあります。便秘の訴えに対してはすぐに薬を使うのではなく広い視野で観察する必要があります。

認知症の方はうまく訴える事ができないので、身体症状の不調が不機嫌や易怒性などの精神症状として現われてくることもよくあります。排便状態に関しては周囲がいつも注意を払っておく必要があります。レビー小体型認知症では、レビー小体という異常物質が腸管壁に沈着したり、排便をコントロールする脳幹部に沈着するのでたいへん重症の便秘になることもあります。

便秘は水分摂取や運動不足が原因になりますのでそれらを留意した予防が大切です。食事内容は不溶性食物繊維と水溶様性食物繊維の割合を2対1にすることが推奨されています。けれども介護の現場はそんな理想的な環境ではありませんので、薬物療法を選択せざるを得ないのが現状です。慢性的に便秘薬を飲んでいる人も多いと思いますが、いわゆる「刺激性下剤」という種類に分類されている薬は頻用しない方がいいでしょう。刺激性下剤を慢性的に使うと将来、より難治性の便秘症を引き起こす事が知られているからです。脱水や便秘など認知症とは一見関係なさそうな身体の不調が、精神症状の悪化を引き起こすことに注意が必要です。

参考資料 眞鍋雄太 認知症マネージメント全身疾患の管理他

においと方向感覚と、そして認知症

においと方向感覚と、そして認知症

においによって記憶が呼び覚まされることは私たちの日常でもよく経験します。心理学の本をパラパラと見ていると「ブルースト現象」という言葉を目にすることがあります。これはフランスの作家マルセル・ブルーストの「失われた時を求めて」という小説の中で、主人公がマドレーヌと紅茶の香りで少年時代を思い出すというシーンに由来するものだそうです。徒歩通勤をしていて風の匂いで懐かしい感覚がよみがえるのもそれに近いかもしれません。

においと認知症

認知症の早期に嗅覚が低下するという現象は良く知られています。ただし嗅覚が弱っているからといってそれが認知症のサインというわけではありませんし、匂いによるアロマテラピーが認知症の進行を遅らせるという証拠もありません。証明されているのはあくまで認知症の患者さんでは嗅覚が落ちているという事実です。認知症の初期症状の記憶障害は「海馬」の萎縮で起こりますが、海馬のすぐ外側にある「嗅皮質」も同時に萎縮しているため、アルツハイマー型認知症の人は正常高齢者に比べて嗅覚が低下しているのです。MCIといわれる軽度認知障害の方でも嗅覚低下を訴える方は時々いますし、重症化した認知症の方が自分の周りの臭いに気づかず不潔になりやすいのもそのためです。

においと記憶、そして方向感覚

私たちヒトにとってにおいは美味しい物を味わったりリラックスしたり特別な時に役立つものですが、もともと動物にとってにおいは生存するためのえさや獲物を得る時に最も大切な知覚でした。さらに周囲は敵だらけなので天敵のにおいも記憶する必要があったでしょう。においと記憶はお互いを刺激し合って進化してきたに違いありません。

今年10月、ネイチャーコミュニケーションという医学雑誌に興味深い論文が発表されました。カナダモントリオールの大学の精神科から出された論文で「匂いに敏感な人は方向感覚にも優れている」という内容です。動物がにおいを記憶する時、彼らはその場所も同時に記憶しています。貴重な食べ物がある場所や危険な場所をにおいと共に記憶しなくては意味がないからです。

この研究ではボランティアを二つのグループに分けます。ひとつはにおいに敏感なグループ。もうひとつはにおいに鈍感なグル―プです。それぞれにテレビゲーム(図a)をやらせます。

においと方向感覚と、そして認知症

そのゲームは仮想都市の迷路に入って行って決められたターゲットを早く見つけて帰還するようなゲームです。なかなか面白そうです。

においと方向感覚と、そして認知症

その結果(図b)の様に、においに敏感なグループほど(右に行けばいくほど)、空間認知能力が優れている(上の方に●がたくさんある)ことがわかったのです。

認知症に記憶障害や嗅覚低下、道に迷うなどの症状があることを考えると、この三つの症状は密接に関連していてまさに動物が生きるために一番必要な能力なのだと考えさせられます。

「物盗られ妄想」は怪しいサイン(地域紙連載インタビュー記事より)

記者
前回、先生は認知症の始まりは「物忘れ」だけでなく、「怒りやすさ」、「興奮しやすさ」といった性格の変化も重要なサインだとおっっしゃいましたが、それ以外にも早期の認知症を疑わせる徴候はあるのでしょうか。
松田
そうですね。認知症の症状は物覚えが悪くなる、日にちがわからなくなる、理解力の低下、今まで使えたものが使えなくなるなどの「中核症状」と、怒りやすくなる、自発性が無くなるなどの「行動心理症状」に分けられます。この「行動心理症状」の中で最も多いのが物盗られ妄想なんです。
記者
他人が勝手に部屋に入って色んな物を盗んでいくという訴えですね。
松田
はい。しかもその対象は身近な人に向けられる事が圧倒的に多いのです。同居している家族や世話をしてくれるお嫁さん、たまに遊びに来る親戚の人、施設に入っている場合はそこを管理している人や掃除をしてくれる人、同じフロアに住んでいる住人などを疑う事が多くトラブルになるのです。
記者
でもその場合、それが事実なのか妄想なのか区別がつかない事がありませんか。
松田
確かにそうです。まことしやかに話すので周囲の人を巻き込んで騒動になることも多々あります。その訴えは非常に執拗で回数が多く、絶対にあり得ないことだと説明しても聞く耳を持たないことが多いんです。認知症の方は記憶力が落ちていますので、何をどこにしまったかを忘れてしまっています。自分がしまったはずのところにそれがないと大変不安になるので、その不安を解消するために「人に盗まれた」という発想が生まれるわけです。周りの人も最初は本当の話かもと信じるのですが、その回数が増えてくるとさすがにそんなことはあり得ないだろうと気づき始めるのです。
記者
そうなんですね。具体的にはどんな物がなくなるという訴えが多いのですか。高価な物を盗まれたと言う事が多いのですか。
松田
めがねとか通帳、保険証など生活に密着しているものが多いのですが「宝石を嫁が盗っていく」という訴えもあり千差万別です。しかも、一度なくなったものが別の所から出てくるので、誰かが部屋に入ったと言って大騒ぎしたり何度も警察を呼んだりします。防犯カメラを付けても、映らない所から侵入したに違いないと、あり得ないことでしょうと説得しても考えを変えてくれません。
記者
ということは、「物盗られ妄想」があるとかなりの確率で認知症の始まりだと考えてもいいものなのでしょうか。
松田
認知症外来をやっている私たちは、物盗られ妄想は認知症の中でも「アルツハイマー型認知症」の初期症状だと判断しています。御家族が連れてきて頂かないとなかなかすぐに受診には繋がりませんが、検査をすると記憶力や理解力、判断力も並行して低下している事がはっきりしてきます。アルツハイマー型認知症の方は「とりつくろい」が上手なので普通の会話では気づかれないことが多いのです。
記者
前回、早期発見が大切というお話しでしたが、物盗られ妄想の方に対してはどのように接していけばいいのでしょうか。
松田
この対処法は本当に難しい問題です。「長年世話をしてきた私が何故こんな事を言われなければいけないのだろう」と苦しんでいる家族も多いですし、施設ではマスターキーを持っている管理者が疑われたり、あの階には泥棒がいると吹聴されたりして対処できなくなっているケースもあるのです。頭から否定するといっそうかたくなに訴えますので、ある程度は傾聴する必要はあるのですが・・・・。
記者
不安が原因になっていると先程伺いましたので不安を取るように接していくことが大切なのでしょうが、でも訴えの全てを受け入れてしまうこともできませんよね。
松田
そのとおりなんです。一緒になって警察に電話したり犯人探しをするわけにはいきませんので、やはり否定すべきところはきちんと否定する必要があります。説得することは難しいのですが、「もう一回一緒に探してみましょう」「ちゃんと戻ってきているんだから大丈夫ですよ」などと話して、少なくともその時だけでも安心させるように努めるといいと思います。頻度が増えて手に負えない時はどうしてもお薬が必要になります。物盗られ妄想の特効薬はありませんが、物忘れ外来では不安やいらいらを少しでも和らげるような処方をしています。

認知症と車の運転 2(道路交通法改正)

平成27年6月に改正された新しい道路交通法は「75歳以上の運転者が免許更新時の認知機能検査で『認知症の疑いあり』と判定された場合は、必ず医師の診断書の提出が必要である」というものです。これは平成29年3月から実施されることになっています。

この改正に関する基本的な事を御説明します。


免許更新時の認知機能検査結果は3段階

「第一分類」:記憶力、判断力が低くなっている。「認知症の疑いあり」。

現行法 特定の交通違反(信号無視、高速道路逆走、踏切進入など)があれば臨時適性検査を行って、医師の診断書の提出が必要である
改正後 交通違反の有無に関わらず認知機能検査を行い、必ず医師診断書の提出が必要

「第二分類」:記憶力、判断力が少し低くなっている

「第三分類」:記憶力、判断力に心配がない

現行法 次回更新まで臨時適性検査や診断書は不要。
改正後 特定の交通違反(詳細不明)があれば臨時認知機能検査を受検、診断書の提出が必要

以上の様に改正されます。

詳細について今はまだ明らかでない事が多いので徐々に明らかになると思います。
警察庁は「第一分類」と判定された方全員を認知症センターに受診させたい意向ですが、現実にはそれでは医師の絶対数が足りませんので、まずはかかりつけ医に相談して、そこで解決できない場合は地域の認知症相談医やサポート医を紹介してもらうと良いかと思います。

日本認知症学会、日本老年精神医学会の専門医、日本神経学会、日本精神神経学会、日本老年医学会の専門医などが主としてこの診断に携わることになりますが、どこまでの医師が診断書を作成できるようになるかはまだ決まっていません。


福岡市南区認知症治療ネットワークのとりくみ

福岡市では福岡市方式と言われる認知症ネットワークを構築していますが人口150万人の規模で認知症対策を行うのは不可能です。

そこで私たち福岡市南区医師会では認知症に関心を持ち認知症を積極的に診ている医師を登録し、講演会、症例検討会、他業種交流勉強会を開いてスキルアップをする独自の会を運営しています。

これが南区医師会認知症診療ネットワークです。特に福岡市南区には運転免許試験場がありますので、今後も公安委員会と密な連携をとりながら認知症と運転の問題について考えてゆきたいと思います。

運転に自信を持っている軽度認知症の方から自動車のキーを取り上げるのは大変難しいことです。法律では直ちに免許返納する事になっていますが、現実にはなかなかそう簡単にはいかないものです。頻度や走行距離を減らしたりしながら、徐々に車のない生活に本人も家族もが慣れて行かなければいけません。車がなくては生活できない環境の人のために、これからは行政の役割も大きくなっていくでしょう。

自己申請による運転免許証の取り消し方法や免許返納によって受けられるサービスにつきましては、このホームページ内の「運転したい高齢者VSやめさせたい家族」(リビング福岡掲載記事)を御参照ください。

認知症と車の運転 1

高速道路走行中を逆走する車が増えています。その多くは高齢者、そしてその多くは認知症患者と考えられています。物忘れ外来でアルツハイマー型認知症を中心とする認知症の方をたくさん診ていますと、こんなに進行した認知症の人が運転して来ているの!?と驚かされることがしばしばです。しかも家族がそれに同乗していることが多いのです。著名なコメンテーターがテレビで「家族がきちんと見ていれば運転するのを止めさせられたはず」といった机上のコメントをしていましたが、それができない家庭の諸々の事情があるのです。

法律はどうなっているの?

警察庁運転免許課が法律で定めている「免許の可否等の運用基準」には、統合失調症、そううつ病、てんかん、再発性の失神、重度の眠気をおこす睡眠障害、脳卒中(後遺症)、アルコール中毒症、認知症についてそれぞれの条件が記載されています。4大認知症(アルツハイマー型認知症、血管性認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症)については「運転免許申請の拒否、又は免許の取消し」とはっきり書かれていますので私たち医師もそれをまず前提に説得しなければいけないことは明白です。認知症の疑いがある方やまだ軽度の方に対しては「その後、認知症となる可能性があるので6ヵ月ごとに適性検査を行うこと」とされています。

認知症ドライバー引き起こす交通事故の現実は?

  1. 認知症患者の30%から50%が交通事故を起こす。
    これは健常者の5倍の頻度。
  2. 信号無視を起こしやすい。(抑制の欠如、注意力の低下、記憶力障害)
  3. 急な方向転換で巻き込み事故を起こしやすい。(行き先を忘れている、判断力低下)
  4. 高速道路逆走、踏切への進入。(標識を理解できない、判断力低下、パニックを起こす)
  5. 歩行者の妨害、接触を起こしやすい。(注意力低下、視空間失認)

認知症ドライバーが減らない理由は?

そこには患者さん自身の問題と御家族の問題があります。アルツハイマー型認知症の患者さんは一般的に病識がありません。今日の日にちすらわからないレベルであっても「自分は物忘れなどないのに家族に無理やり病院に連れて来られている。」と感じている方が多くおられます。そのような病状の方に運転をしないように指導しても本人の心中を察すれば「問題なくこうやって運転して通院しているのに、何故運転をやめる必要があるのか。」という気持ちではないでしょうか。また、女性よりも男性は運転免許を維持して運転するという行為に一種の喜びやプライドを持っていることが多く、それが社会とのつながりの一部になっていますので、おいそれと運転をやめてはくれないのです。強引な手段をとると激昂して手がつけられない事にもなりかねません。

では御家族はどうでしょうか。御家族のサポートが可能な恵まれた環境ならば免許の更新をさせない、キーを与えない、車を売却するなどの有効な手段を取ることができます。しかし、最近は二人で支え合って何とか毎日の生活を送っておられる老夫婦が大変多いのです。足腰の弱った二人にとって老夫が車の運転をしなければ病院にも行けません。日々の買い物にも行けません。そんな買い物弱者は都会でも増えています。ちょっと奥まった地域になるとなおさらです。ですから「危ないですから運転をやめさせましょう。」とおばあちゃんにお話ししても決していい返事は返ってきません。「この人はボケてしまいもう今言うたこともすぐ忘れますが、運転だけはなーんも心配いりません。50年も乗っとるとです。ベテランですけん大丈夫。」と言って取り合ってくれないのです。私の提案を受け入れると明日からの自分たちの生活にさっそく支障が出るのですからある意味仕方のない反応なのです。

解決策は?

難しい問題です。「今のところ日常生活にもさほど支障はないでしょうが、車の運転にもだんだん影響が出てくるんですよ。御自分では大丈夫と思っていても一旦交通事故を起こして人をあやめてしまったら取り返しがつきませんからね。」そのような説得を毎日くり返すしかありません。運転に必要な能力を維持しているのかどうかを適正に判断できる装置や方法は確立していません。同じ認知症といっても種類も程度も様々です。警察が行なっている適性検査やシミュレーションは精度が低く時間的制約もありますので正確に認知症を判別できていません。多くの認知症の方々が悪質な詐欺の被害にあっている現実も同様ですが、状況判断のできない認知症患者が普通に街を運転している怖さを私たちはこれから益々思い知らされる時代になるでしょう。2025年、認知症患者は700万人になると厚労省は予測しています。警察、行政、医師会全体でも取り組んでいかなければいけない大きな社会問題です。

家族が注意すべき「運転行動の変化」は?

  • 車庫入れに失敗する事が増える。
  • センターラインを越えて走る。
  • 右折左折時に路側帯に乗り上げる。
  • 車間距離が短くなる。
  • 右折時に直進車を待たずに曲がろうとする。
  • ウインカーを出さずに急に曲がろうとする。
  • ふだん通らない道に出ると迷う。
  • ふだん通らない場所に出るとパニックになる。

参考 CNS today vol3.No.1 Medical Tribune Feb 2013

認知症患者の「不安」について考える

認知症の患者さんは不安の中を生きていると言われています。

けれども認知症になった事のない私たちにはそれを真の意味で理解する事はできません。認知症患者が抱いている漠然とした「不安」とはいったいどんなものなのか、それを推し量ることは認知症理解のための一歩だという気がします。

不安とは「特定の対象を持たない漠然とした恐れの感情」です。具体的な恐怖と異なり不安の種は私たちの日常に無数に転がっています。中国では空が落ちてくるのを心配した人の逸話もありますし、日本の古い民間伝承には不安の強い人が神経を費やし過ぎてついには木になってしまったという話もあるほどです。人間はいつの時代も不安から逃れられないのでしょう。

不安の特徴

不安の第一の特徴は「対象のない恐れ」だということです。事故や強盗などの具体的な恐怖ではなくあくまで霧の中の想像の世界ですのでどこまでも大きくなってしまいます。そしてそれは「自分でコントロールできないという恐れ」を生みます。自分では解決できない、自分では手に負えないという恐れが不安の根本にはあるのです。また不安は「自分の存在自体が脅かされていくことへの恐れ」の表れでもあります。ですからそれぞれの認知症患者が「何に対する恐怖を不安と感じているのか」を考えてみる必要があります。

不安の中を生き抜いている認知症

自分が認知症になったと想像してみると、彼らが常時不安感にさいなまれているという事はたやすく想像できます。昨日ここに置いた物が何故なくなっているのか、この棚に入れたものが何故すぐに消えてなくなるのか、初めて話した事なのに何故何度も聞いたと言われるのか、単純な事を質問されているのに何故答えられないのか、約束どおりの場所に来たのに何故誰も来ていないのか、家に向かって歩いているのに何故知らない場所にいるのか、知らない人が何故家の中にいて私に馴れ馴れしく話しかけてくるのか・・・、きりがないほどの不安の中を生きているのだと想像できます。

そこで彼らはその不安から身を守る行動を身につけます。

「とりつくろい現象」

その第一がアルツハイマー型認知症の典型的な特徴、とりつくろい現象です。

アルツハイマー病の人は質問に対してあまり深く考えようとせず、その場しのぎの言い訳や作話でその状況をとりつくろう行動をとります。

たとえば最近のニュースについて尋ねられ返答に窮した時のとりつくろい現象は「最近全然大したニュースがないから(東日本大震災の翌日)。」「テレビを見ないから(一日中見ている)。」「今日は新聞を読んでいないから(隅々まで読んでいる)。」「今飛び起きてあわてて来たばかりだから(もう12時ですけど)。」「庭の剪定が忙しいから(数年前から剪定はやっていないのでは?)。」「先生が怖いから(怖くない、やさしい)。」「こないだ退職してから興味がなくなった(退職は10年以上前)。」という具合です。

これらの反応は自分の存在を守るため、自分の存在が不安にさらされないようにするための自己防衛手段と考えられます。

「怒りの対象を作る」

対象のない恐れは人間の不安を最も増強させます。記憶障害や空間認知障害のために認知症患者は頻繁に物をなくし頻繁に物を探しています。「そこに置いたものがもうなくなっている。」➱「何故か理由がわからない。不安だ。怖い。」➱「誰かのせいにする。」➱「嫁が盗ったに違いない。」➱「怒りの感情で不安が軽減する。」➱「もの盗られ妄想」という心理背景がそこにはあると言われています。怒りの対象を作って不安を軽減する。

この現象を立命館大学社会学の天田先生は「怒りの対象創出作戦」と名付けていますが、これは健康な人の日常でもありうる話です。

「できることを強調する」

さらに認知症患者はできることを強調する傾向が顕著です。アルツハイマー型認知症患者の中には症状がかなり進行しているのに時候の挨拶が驚くほどきちんとできたり、診察のお礼といって不自然なほどの気配り(高価な贈り物)をしたりする人がいます。彼らは深層心理の中で自分が変化していくことへの不安を持っていますので、それを覆い隠すためにできることを強調する傾向があるのです。プライドを維持したい、私は気配りのできる人間ですよとアピールしたい、かつての自分の尊厳を維持したいという気持ちが働くのでしょう。これも自分の存在が危うくなる不安から逃れるための防衛手段と考えられます。

言うは易し行うは難し

「介護者は認知症患者の形成している独特な世界を理解して暖かく接するべし」とよく言われます。毎日認知症の方と生活しケアをしている家族にとって、わかっていてもそれは簡単な事ではありません。叱責する、荒い言葉で注意する、急がせる、焦らせるなどの行為が認知症を悪化させることははっきりしているのについついというのが人情というものでしょう。

介護者にひとつできる事があるとすればこの「不安」をキーワードとして考えるアプローチではないでしょうか。認知症患者の理解しがたい行動、介護者をいらいらさせる行為や発言の多くは、どんな人間にも内在する「不安」が病気によって増幅されてそのようにさせているのです。そう考えるだけで少しだけ応対の仕方に余裕や変化が生まれるかもしれません。

参考文献 「不安になる」:立命館大学大学院先端総合学術研究科准教授 天田城介

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