「物盗られ妄想」は怪しいサイン(地域紙連載インタビュー記事より)

記者
前回、先生は認知症の始まりは「物忘れ」だけでなく、「怒りやすさ」、「興奮しやすさ」といった性格の変化も重要なサインだとおっっしゃいましたが、それ以外にも早期の認知症を疑わせる徴候はあるのでしょうか。
松田
そうですね。認知症の症状は物覚えが悪くなる、日にちがわからなくなる、理解力の低下、今まで使えたものが使えなくなるなどの「中核症状」と、怒りやすくなる、自発性が無くなるなどの「行動心理症状」に分けられます。この「行動心理症状」の中で最も多いのが物盗られ妄想なんです。
記者
他人が勝手に部屋に入って色んな物を盗んでいくという訴えですね。
松田
はい。しかもその対象は身近な人に向けられる事が圧倒的に多いのです。同居している家族や世話をしてくれるお嫁さん、たまに遊びに来る親戚の人、施設に入っている場合はそこを管理している人や掃除をしてくれる人、同じフロアに住んでいる住人などを疑う事が多くトラブルになるのです。
記者
でもその場合、それが事実なのか妄想なのか区別がつかない事がありませんか。
松田
確かにそうです。まことしやかに話すので周囲の人を巻き込んで騒動になることも多々あります。その訴えは非常に執拗で回数が多く、絶対にあり得ないことだと説明しても聞く耳を持たないことが多いんです。認知症の方は記憶力が落ちていますので、何をどこにしまったかを忘れてしまっています。自分がしまったはずのところにそれがないと大変不安になるので、その不安を解消するために「人に盗まれた」という発想が生まれるわけです。周りの人も最初は本当の話かもと信じるのですが、その回数が増えてくるとさすがにそんなことはあり得ないだろうと気づき始めるのです。
記者
そうなんですね。具体的にはどんな物がなくなるという訴えが多いのですか。高価な物を盗まれたと言う事が多いのですか。
松田
めがねとか通帳、保険証など生活に密着しているものが多いのですが「宝石を嫁が盗っていく」という訴えもあり千差万別です。しかも、一度なくなったものが別の所から出てくるので、誰かが部屋に入ったと言って大騒ぎしたり何度も警察を呼んだりします。防犯カメラを付けても、映らない所から侵入したに違いないと、あり得ないことでしょうと説得しても考えを変えてくれません。
記者
ということは、「物盗られ妄想」があるとかなりの確率で認知症の始まりだと考えてもいいものなのでしょうか。
松田
認知症外来をやっている私たちは、物盗られ妄想は認知症の中でも「アルツハイマー型認知症」の初期症状だと判断しています。御家族が連れてきて頂かないとなかなかすぐに受診には繋がりませんが、検査をすると記憶力や理解力、判断力も並行して低下している事がはっきりしてきます。アルツハイマー型認知症の方は「とりつくろい」が上手なので普通の会話では気づかれないことが多いのです。
記者
前回、早期発見が大切というお話しでしたが、物盗られ妄想の方に対してはどのように接していけばいいのでしょうか。
松田
この対処法は本当に難しい問題です。「長年世話をしてきた私が何故こんな事を言われなければいけないのだろう」と苦しんでいる家族も多いですし、施設ではマスターキーを持っている管理者が疑われたり、あの階には泥棒がいると吹聴されたりして対処できなくなっているケースもあるのです。頭から否定するといっそうかたくなに訴えますので、ある程度は傾聴する必要はあるのですが・・・・。
記者
不安が原因になっていると先程伺いましたので不安を取るように接していくことが大切なのでしょうが、でも訴えの全てを受け入れてしまうこともできませんよね。
松田
そのとおりなんです。一緒になって警察に電話したり犯人探しをするわけにはいきませんので、やはり否定すべきところはきちんと否定する必要があります。説得することは難しいのですが、「もう一回一緒に探してみましょう」「ちゃんと戻ってきているんだから大丈夫ですよ」などと話して、少なくともその時だけでも安心させるように努めるといいと思います。頻度が増えて手に負えない時はどうしてもお薬が必要になります。物盗られ妄想の特効薬はありませんが、物忘れ外来では不安やいらいらを少しでも和らげるような処方をしています。