「前頭側頭型認知症」という病気

「前頭側頭型認知症」という病気

昨年、大阪で品物を盗んで捕まった男性が無罪判決を受けました。その行動はあくまで認知症によるものなので本人の責任は問えないと裁判所が判断したからです。この男性は過去にも三度万引きで捕まっていたのですが、警察も家族もその病気に気づいていませんでした。この男性は大阪市内の売店で500円相当の品物を万引きして自転車で帰るところを店員に取り押さえられたのですが、裁判で記憶力の低下や長女の年齢を大きく間違えるなど不自然な回答をすることが多かったため認知症が疑われ、精密検査でこの病気がわかったのです。

大阪地裁が認定した病気の名前は「前頭側頭型認知症」。日本国内で最も多い認知症はアルツハイマー型認知症で、その他にレビー小体型認知症、脳血管性認知症などがありますが、この病気は認知症全体の5%以下で日本に約12000人の罹患者がいると推定されています。専門的な説明としては「主として初老期に発症し、大脳の前頭葉や側頭葉を中心に神経変性を来たすため、人格変化や行動障害、失語症、認知機能障害、運動障害などが緩徐に進行する神経変性疾患である」ということになるのですが、この珍しい認知症の特徴をかみ砕いて見て行きましょう。


前頭側頭型認知症の特徴

特徴1 行動の脱抑制

万引きなど社会的に不適切な行動を繰り返します。その万引きに計画性はないのです。目の前にあるから衝動的に取ってしまうだけです。ですから高価な宝石や時計を盗んだりはしません。漬物とかはさみとかどうでもいいようなものです。捕まって詰問されても悪気はないのであっからかんとしています。礼儀やマナーが欠如し自分勝手な行動を取るようになります。葬儀の場で食事を食べ始めたり、通夜で先に寝てしまったり帰ってしまったりします。周囲に失礼な事をしても気にしていないので「わが道を行く行動:going my way behavior」ともいわれます。交通違反や痴漢なども繰り返します。普通の痴漢(?)と違ってタイプを選んで痴漢するわけではありません。たまたま目の前にいる人に対して抑制が効かず衝動的に不適切な行動を起こすのです。病院では待合室で待つことに我慢できず、診察室にどかどかと文句を言いに入り込んでくることもあります。福岡大学精神科の尾籠准教授は「このような行動をとる人ではまずこの病気を疑うべき」と述べています。

特徴2 思いやりや共感の欠如

困っている人を見ても無頓着で共感できなくなります。妻がインフルエンザで高熱を発して寝込んでいても平気で食事を作るように命じたりします。(もともとはそういう人ではないので家族は非常に困惑します)人とのふれあい方が非常に冷たくなり、親が危篤でも関心を示さず見に行かないという冷淡な行動をとるようになります。

特徴3 常同行動(同じことをくり返す行動)

一日のスケジュールを時刻表のように厳密に決めて同じことを繰り返します。7時15分に散歩に出発して30分に公園に着いてどのコースを辿って何時に帰宅するかというようなタイムスケジュールを決め、それを毎日繰り返します。同じ食事のメニューをくり返して要求することもあります。毎日同じ物を買ってきて引き出し一杯に買いだめをしたりします。同じ調子で手を叩いたり同じ鼻歌を唄うといった行動を繰り返します。

特徴4 食習慣の変化

甘いものをたくさん食べるようになります。お酒やたばこの量も増えます。しかしこれも食べたいから食べるというより、目の前にあるから食べるのです。目の前になければわざわざ買ってきて食べたりはしません。好きなものでなくても目の前にあるものを全部食べたり飲んだりします。また、確認せず何でも口に入れる傾向も見られます。

特徴5 無気力無関心

認知症は気力がなくなりうつっぽくなる傾向が強いのですが、前頭側頭型認知症は特にその傾向が強いと言われています。日常生活でも周囲に興味がなくなり、意欲的に日々を過ごすということがなくなります

特徴6 保たれる記憶力と視空間認知機能

特徴的な種々の異常が見られるわりにはこの病気の方は記憶障害が軽いのが特徴です。
そのため診察室の椅子に足を組んで座り横柄な態度で医師に接する態度は、単に失礼な患者さんの様に見えますが、上記の特徴を御家族から聴取する事で診断が可能になります。また外出してもアルツハイマー型認知症にように道に迷うことはなく必ず帰宅できるので「徘徊」とは呼ばず、「周回」と呼ばれます。


前頭側頭型認知症の治療

1.非薬物療法

家族は他人に迷惑をかける状態になってしまった患者さんに、当然ながらいい印象は持っていません。なかなか受け入れてはもらえませんので、家族に病気のことを知ってもらう事がまず大切です。「物事を正しく判断したり抑制する前頭葉が働かなくなっているので、刺激に対して直接反応してしまうロボットの様になっているんですよ」と説明して理解を深めてもらう。その上で対応をしてもらうように努めます。

認知症の割には記憶力や視空間機能は維持されているので、カラオケ、ダンス、運動、楽器演奏などを日課に組み入れます。もともと常同運動や固執傾向があるので没頭して取り組んでくれます。また興奮している時に、隣で本人の好きな歌を唄うとそちらに関心がすぐ移り、つられて唄い出し興奮が和らぐといわれています。

2.薬物療法

残念ながらこの病気に対して効果が確認されている薬物はありません。興奮状態や暴力などの場合は抗精神病薬などを用いで興奮を鎮めるような対症療法を行うことになります。

【参考文献】「Dementia Japan :29 (2) 2015」「Schneller : no.105,2018」「臨床と研究 91,7」