においと方向感覚と、そして認知症

においと方向感覚と、そして認知症

においによって記憶が呼び覚まされることは私たちの日常でもよく経験します。心理学の本をパラパラと見ていると「ブルースト現象」という言葉を目にすることがあります。これはフランスの作家マルセル・ブルーストの「失われた時を求めて」という小説の中で、主人公がマドレーヌと紅茶の香りで少年時代を思い出すというシーンに由来するものだそうです。徒歩通勤をしていて風の匂いで懐かしい感覚がよみがえるのもそれに近いかもしれません。

においと認知症

認知症の早期に嗅覚が低下するという現象は良く知られています。ただし嗅覚が弱っているからといってそれが認知症のサインというわけではありませんし、匂いによるアロマテラピーが認知症の進行を遅らせるという証拠もありません。証明されているのはあくまで認知症の患者さんでは嗅覚が落ちているという事実です。認知症の初期症状の記憶障害は「海馬」の萎縮で起こりますが、海馬のすぐ外側にある「嗅皮質」も同時に萎縮しているため、アルツハイマー型認知症の人は正常高齢者に比べて嗅覚が低下しているのです。MCIといわれる軽度認知障害の方でも嗅覚低下を訴える方は時々いますし、重症化した認知症の方が自分の周りの臭いに気づかず不潔になりやすいのもそのためです。

においと記憶、そして方向感覚

私たちヒトにとってにおいは美味しい物を味わったりリラックスしたり特別な時に役立つものですが、もともと動物にとってにおいは生存するためのえさや獲物を得る時に最も大切な知覚でした。さらに周囲は敵だらけなので天敵のにおいも記憶する必要があったでしょう。においと記憶はお互いを刺激し合って進化してきたに違いありません。

今年10月、ネイチャーコミュニケーションという医学雑誌に興味深い論文が発表されました。カナダモントリオールの大学の精神科から出された論文で「匂いに敏感な人は方向感覚にも優れている」という内容です。動物がにおいを記憶する時、彼らはその場所も同時に記憶しています。貴重な食べ物がある場所や危険な場所をにおいと共に記憶しなくては意味がないからです。

この研究ではボランティアを二つのグループに分けます。ひとつはにおいに敏感なグループ。もうひとつはにおいに鈍感なグル―プです。それぞれにテレビゲーム(図a)をやらせます。

においと方向感覚と、そして認知症

そのゲームは仮想都市の迷路に入って行って決められたターゲットを早く見つけて帰還するようなゲームです。なかなか面白そうです。

においと方向感覚と、そして認知症

その結果(図b)の様に、においに敏感なグループほど(右に行けばいくほど)、空間認知能力が優れている(上の方に●がたくさんある)ことがわかったのです。

認知症に記憶障害や嗅覚低下、道に迷うなどの症状があることを考えると、この三つの症状は密接に関連していてまさに動物が生きるために一番必要な能力なのだと考えさせられます。

ぼーっとして反応がない「高齢者てんかん」

「てんかん」というと子供に多い病気というイメージがあります。けれども最近のてんかん年間発症率は高齢者と小児でほぼ同数になっています。年を取ると大脳の表面(大脳皮質)が徐々に老化して障害され、神経細胞が過剰に興奮しやすくなります。原因となる病気は脳血管障害、認知症、外傷などですが、原因がわからないものも三分の一くらいあります。

高齢発症のてんかんの特徴

1.側頭葉てんかん(意識消失発作)

これは、ひきつけを起こしたり、ばたっと倒れたりしないてんかんで、高齢者に多いタイプのてんかん発作です。「突然動作が停止する」、「呼びかけてもぼーっとして無反応で一点を凝視する」、「意味もなく口をもぐもぐさせたり、周りの物を手でまさぐるような動作をする(自動症)」などの症状が出現します。このような発作は1,2分で元に戻りますが、もうろう状態が数十分続き、その間の記憶が抜け落ちます。そのため自分でも発作に気づかず、まだらに記憶が抜けたり、つじつまの合わない会話をするため、認知症と間違えられてご家族と受診されることもあります。過去にも同じ様なことが何度かあったという場合は診断がつけやすくなります。これらの症状は抗てんかん剤の内服で症状を抑えることができます。

2.アルツハイマー型認知症とてんかん

アルツハイマー型認知症のてんかん発症率は正常高齢者の2倍から6倍です。若年発症のアルツハイマーや認知機能障害の程度が重症な人ほどてんかんの頻度が高い事もわかっています。これは神経の変性が強いためと考えられています。またてんかんを起こす認知症の方は、物忘れの進行が早い事もわかっていますので、認知症とてんかんの両方を持っている人には抗てんかん剤を積極的に使い、完全な発作予防を目指しています。

3.脳卒中とてんかん

脳卒中(脳血管障害)のあとにてんかん発作を起こすことがあります。脳卒中後1週間以内におこすものを「早期発作」と呼びますが、重要なのはその後に起こる「遅発発作」で、これは長期間繰り返す傾向があります。脳卒中後10年間に発作が一度でも起これば「遅発発作」として内服薬による治療を開始するよう国際てんかん連盟は推奨しています。

四肢や全身のけいれんがあれば診断は容易ですが、先に述べましたように意識がもうろうとする発作、まだらな記憶障害や自動症も多く、十分な問診をしなければ診断が難しい事もあります。てんかんを診断する最も重要なツールは問診です。てんかんは認知症外来を行う上でも忘れてはならない病態です。

治療の面でも最近は次々と新しい抗てんかん剤が開発されていますので、一種類のお薬でコントロールがうまくいかない方は、薬をさらに加えたり、変更する事で大変良い結果が得られるようになっています。てんかん治療も昔と比べると格段に進歩しています。

どこからが認知症?

ご家族から「同じことを何度もいうのですが、受診させた方がいいでしょうか」、「まだ大丈夫とは思うんですが最近少しおかしいんです」「どの時点で受診させるべきですか」といったお電話を頂くことがあります。認知症の定義はあくまで「日常生活に支障が出ていること」とされていますが、ひとことで日常生活と言っても人によって様々ですのであまり親切な定義とはいえません。愛知県認知症センターの川畑信也先生のテキストを参考にしてその考え方をご紹介いたします。心配しているご家族はどのレベルでしょうか。


1.物忘れのレベルで早期診断する方法

  1. しまいわすれや置き忘れが多い
    正常な人でもしばしば見られる。心配なし。
  2. 同じことを何度も言うようになった
    正常な人でもみられるかも??ちょっと心配?
  3. 約束事や以前に言ったことを忘れてしまっている
    認知症かもしれない。頻繁なら要注意。
  4. 前日の会話や出来事を忘れることがしばしばある
    認知症の可能性が高い
  5. ついさっき言った事や少し前の電話の内容を忘れている
    認知症の可能性がさらに高まる
  6. 直前のことも忘れてしまう
    認知症

2.性格変化や行動で進行度を推測する方法

初期の認知症

  • 怒りやすくなったり気が短くなったりする(易怒性)
  • 興味ややる気がなくなりぼーっと過ごすことが増えた(意欲低下)

少し進んだ認知症

  • 妄想が増える(物盗られ妄想、被害妄想)
  • 不安が強くなる

中等度の認知症

  • 興奮しやすい(易興奮性)
  • 介護を拒絶する(抵抗)
  • うろうろと歩くきまわる(徘徊)
  • 自分の家ではないと言って帰宅しようとする(帰宅願望)
  • 夕暮れ症候群(夕暮れ時にいらいらや不安が強まる)
  • 昼夜逆転が起こる

重症の認知症

  • あるはずのないものが見える(幻覚)
  • 家族を認識できない
  • 変な物を食べる(異食)
  • 異常行動(裸になる、汚物をタンスにしまうなど)
  • 不潔行為(便を手で触る)

3.「3つのアルツハイマー型認知症らしさ」から推測する方法

  1. とりつくろい反応
    質問に答えられない時に、言い訳や弁解などでとりつくろいながらなんとかその場を切り抜けようとする。自分がやりたくないことや答えられないことはほとんど言い訳で逃れる。言い訳は多彩で認知症とは思えないほど巧妙。日にちを答えられないに時に「もともと私は日にちには興味がありません」などと答える。比較的早期から現われることがある。
  2. 考え無精(考えようとしない)
    質問に対してしっかり考えようとせず、すぐに「あ、わかりません」「知りません」「忘れました」と答える。他の種類の認知症に比べてあっけらかんとした印象で、答えられないことに対する落胆はない。
  3. 振りかえり現象
    医師の質問に対していちいち後ろの家族を振り返って、家族に答えさせようとする。自分で考えましょうと促しても、やはり後ろを振り向いて援助を求め、答えさせようとする。アルツハイマー型認知症で非常に特徴的。

認知症のはじまりを疑う

かかりつけ医が気づく主な変化とは

認知症の第一発見者はもちろん家族が一番多いのですが、それ以外にもいつも接している友人、いつもかかっている病院のスタッフ、かかりつけ医という場合もよくあります。認知症はその診断基準に「生活する上でなんらかの支障があること」と明記されていますので、御家族がすべて面倒をみていてあまり困ってない環境では発見が遅れることもあるのです。また今は認知症の専門医よりもいつもかかっているかかりつけ医の診療所で疑われる機会も増えています。それはどのような変化なのでしょうか。

1. 受付のスタッフの情報で疑う

  • 保険証を返したのにもらっていないと言い張る(ちょっと興奮気味)
  • 保険証を失くしましたと言ってくることが増える
  • 以前は穏やかだったのに、待ち時間が長いと不満を言うようになる
  • 先日出したばかりの薬を取りに来る
  • いつもは家族と来ているのに急に一人で受診する(多くの場合、薬を失くしたといって受診する事が多い)
  • 保険証や診察券、財布などをバッグから探して取り出すのに非常に時間がかかるようになってくる
  • 数百円の支払いでも毎回一万円札で支払おうとする

2. 外観の変化で疑う

  • 季節に合わない服を着て来るようになる。猛暑の中でもコートを着てくる。
  • いつも同じ服を着ている
  • 髪の毛、服装など身だしなみを気にしなくなり清潔感のない印象になる
  • ボタンをかけなかったり下着が見えても気にしなくなる
  • 洋服の色や柄、お化粧などが奇異な感じに変化してくる

3. 診察中の印象で疑う

  • 前回受診時の話の内容をすっかり忘れている。
  • それでも「物忘れなんか全くない」と全く気にかけていない
  • 誰もが知っている最近の大きなニュースを聞いても「大したニュースはない」「特に関心はない」と答える。(オリンピックなど)大きなスポーツ大会が開かれていないかと尋ねると「今朝は新聞を見ていないからわからない」と何らかの言い訳をするようになる。
  • 受診のたびに色々な世間話や相談をしていた人が、徐々に会話を好まなくなり「何もありません」「変化ありません」とすぐに退室するようになる
  • 定期受診や投薬日を忘れて、受診頻度が減る。
  • 内服の管理ができなくなり、不定期に薬を取りにくるようになる。

同居していても二世代住宅や家族が勤めに出ていたりすると、認知症の発見は遅れることがあります。むしろサークルのお仲間の方が「最近よく約束の日にちを忘れる」「最近、みんなとの会話についてこれずに黙っていることが増えた」というような変化で早期に気づくこともあるのです。病院では上に記載したような色々な変化に事務職員や看護師が気づくこともよくあります。75歳を過ぎてからの「なんらかの変化」には常に「認知症のはじまり」を頭において周囲の人みんなが見ていくことが大切です。

転びやすく骨折しやすい認知症

認知症と骨折は切っても切れない関係

認知症の方は意欲の低下が進み、運動や頭を使う活動を積極的に行なわなくなる傾向があります。そのため骨粗鬆症が進行し、転倒すると骨折しやすい状態になっています。
認知症の方が転倒しやすい原因の一つは注意がおろそかになることです。もともとご高齢で白内障、緑内障、網膜疾患などで視力が弱り、筋力や平衡感覚が低下している上に注意力が低下しますのでさらに転倒しやすくなるのです。施設などでは夜間は多くの利用者に対してスタッフ一人体制で見ている所がほとんどですので対応が間に合わず、自分でトイレに行こうとして廊下で転倒するケース、ベッドから降りようとして自室で転倒するケースが目立ちます。夜間の禁止事項を覚えられなかったり、トイレの場所がわからなくなったりすることも原因の一つでしょう。


転倒による骨折

最も重大な骨折は大腿骨骨折です。治療期間が長くなるために寝たきりになったり、入院中に認知症が進んでリハビリの意味や方法を理解できなくなることもあります。認知症、身体能力の両面でマイナスの要因が多くなるのです。大腿骨骨折の90%以上は転倒でおこっていますので、転倒の予防が骨折や認知症の進行を防ぐことにつながります。

転倒の予防1

転倒が一番起こりやすいのはベッドの周辺です。生活している方の動線を観察し、転倒につながりやすい状態になっていないか見直すことが大切です。段差の位置や不要な物品の有無や家具の配置なども考え、特に転倒の危険性が高い方にはヒッププロテクター(股関節を守るコルセット)の使用が効果的です。

転倒の予防2

通常の高齢者の30%は1年間に1回以上転倒するとされていますが、認知症の方はその2倍と言われています。また転倒しやすい認知症の方は転倒しにくい認知症の方より5倍以上施設入所に結びつきやすいことが分かっています。けれども認知症になってしまうと運動による転倒予防効果は残念ながら低いのが現状ですので、施設などでは軽度認知障害の方への取り組みが大切ということになります。

転倒の予防3(最近の研究から)

高齢者の中に、「歩行中に会話をしようとすると足が止まる人たち」がいます。つまり、何か頭を使う事をしようとするとそれと同時には歩行ができなくなるという現象です。この様な特徴は一般的な高齢者にも起こる現象ですが軽度認知障害や認知症では特に目立ち、転倒の原因の一つと考えられます。そのため、歩きながらボールを取ったり投げたりする運動や歩きながら暗算をするといった二つの課題を同時にこなす訓練が勧められています。1回2時間、週に2回、12週間行なうと歩行速度や歩幅が改善したというデータが出ています。転倒や骨折の予防に期待できる方法かもしれません。

ライフスタイルと認知症

認知症を発症しやすくする最大の要因はもちろん老化です。2012年の統計では65歳以上の高齢者のうち認知症の有病率は約18%となっています。当然のことながら長生きするほどその確率は高まります。ではそれ以外の原因は何でしょうか。近年、ライフスタイルと認知症には密接な関係があることがわかっており、認知症は新しい生活習慣病とさえ言われるようになっています。福岡県久山町では長年にわたり国際的に有名な精度の高い疫学研究が行なわれてきました。久山町研究を含めた最新のデータを九州大学大学院清原氏他の論文から御紹介します。

1.喫煙

  1. 生涯にわたって喫煙しなかった高齢者に比べ、中年期から老年期にかけて喫煙を続けた高齢者では、アルツハイマー型認知症、血管性認知症の発症率は約3倍高まります。
  2. けれども、高齢になってから禁煙を実行したグループでは発症リスクが減少し、非喫煙者と差がなくなります。つまり高齢になってからでも禁煙は遅くないというわけです。

2.アルコール

  1. アメリカワシントン州の大規模研究では少量から中等量の毎日のアルコール摂取は認知症の発症を30%減らすと報告されています。多量になるとそのメリットはなくなり、逆に危険性が高まります。
  2. 日本人でアルコール摂取量と認知症の関係をみた大規模な研究はないので、発症率を低下させるアルコール量がどの程度の量なのかははっきりしていません。
  3. ビールを1500cc以上(日本酒だと3合以上)毎日飲む多量飲酒者は認知症の発症が早まり、60代で脳の委縮が目立つようになり、認知症の初期段階に入ることが多いことがわかっています。
  4. アルコール多飲者は肝機能障害による認知機能低下も加わるため、「アルコール関連認知症」と呼ばれており、若年性認知症の重要な原因となります。

3.運動

  1. 1995年久山町研究は世界で初めて、仕事中の運動量や余暇時の運度量が多い高齢者ではアルツハイマー型認知症の発症率が低い事を発表しました。
  2. その後海外の多くの研究者も同じような結果を発表しています。週に3日以上、30分以上の運動が認知症発症を抑制するという報告など、運動の認知症予防効果は確実のようです。

4.食事

  1. 海外の研究では地中海式食事法がアルツハイマー型認知症の発症を抑制すると発表されています。地中海式食事法とはオリーブオイル、穀物、野菜、果物、ナッツ、豆類、魚、鶏肉を中心とした食事を少量のワインと共に食べる食事のことです。トマト、玉ねぎ、ニンニクに含まれる種々の物質が脳細胞をダメージから守るとされています。
  2. 久山町研究では、緑黄色野菜、海藻類、大豆製品、牛乳、乳製品を多く摂っているグループの発症率が低い事が示されました。主食の米を取り過ぎず、野菜豊富な日本食を食べ、さらに牛乳、乳製品を加えたメニューが認知症予防に有効と結論されています。

認知症の方が心穏やかに過ごせる介護を

認知症を介護する上で「認知症の人が形成している世界を理解しよう」とよく言われます。
幸運にもまだ認知症になっていない私たちにはなかなか難しいことです。人類は地球に誕生してからこんにちまでの数万年間、「育児」のノウハウを蓄積してきました。けれども「介護」のノウハウはまだ数十年しか蓄積していないのです。何が正しくて正しくないのか誰にもわからない手探り状態。これが今の日本人が直面している状況です。物忘れや日にちがわからないという程度ならば普通の老化現象でもあることですから家族もさほど困ってはいません。けれども幻覚、物盗られ妄想、被害妄想、嫉妬妄想、暴言、興奮、介護への抵抗、極度の不安、昼夜逆転、失禁、不潔行為、異常行動、徘徊などが徐々に現れてくると家族の負担は一気に重くなります。愛する妻や夫、尊敬してきた親の変わりきった姿に驚き、失望し、どうしても優しく接する事の出来ない自分を責めて苦しむことになります。そしてそれは85歳以上の4人に一人が認知症という現在、決して他人事ではないのです。

介護を行う上で知っておいたほうがいい5原則があります。それを一つでも実行することで認知症の方のイライラが減り、介護者もやりがいを感じることができるようになります。他の病気と違い認知症介護のきつさの一つは「感謝されないこと」にあります。せめて患者さんが心地よさを感じ、穏やかに過ごしてもらうためにはどうすればいいのでしょうか。

1.快適な刺激を与える

認知症の方にとって最も快適な刺激は「笑顔」です。一日中顔を突き合わせている家族にいつも笑顔で接しましょうというのは難しい注文です。ですからそれは施設でも他人でも構わないのです。「介護はすべて家族がしなくてはいけない」「家族に介護されてこそ幸せ」という思い込み。大阪大学人間科学研究科の佐藤眞一先生はこれを「家族介護の神話」と呼んでいます。周囲の人が笑顔で楽しい雰囲気を作ってあげることで認知症の方は心地よさを感じ、安定した精神状態を維持することができるのです。

2.褒める

認知症になった家族を褒めることはなかなかできません。それは認知症の方がしっかりしていた過去を家族は知っているからです。昔は何でもできた人なのになぜ今はこんなにできなくなったのか・・。そのことばかりに目がいくのです。その点過去を知らない施設のスタッフは「今できること」に目を向けて褒めてくれます。食卓の準備、片づけ、昔話、草むしり、計算、カラオケ・・・。「よくできましたね。お上手ですね。」褒められる事がなくなった認知症の方にとって褒められる事こそがやる気の源泉になっているのです。

3.コミュニケーションをとる

同じ話を一日中何十回も聞かされたり、記憶力が低下して話が通じなってくるとどうしてもコミュニケーションをとるのが億劫になります。家族であってもそれは当り前のことです。でも決して自分を責める必要はありません。誰でも同じなのです。ただ、コミュニケーションは認知症の方にとって「安心感」の鍵のようなものだと知っておいてください。私たちは年を取ると色んなものを失ってゆきますが、認知症の方は特にそれを感じています。周囲から疎外され、何をしても何を見ても面白くなく、孤独に感じているのです。短い時間でも目を見て、身体に触れて、言葉を交わす時間を持つようにしてあげたいものです。

4.役割を持たせる

私たちが生きるためには役割が必要です。人から頼りにされることほど嬉しく、やる気の出ることはありません。認知症の方にもそんな生き甲斐が必要です。できることが少なくなってゆくこの病気の経過の中で、その人にふさわしい役割をぜひ持たせてあげましょう。自宅では洗濯物の仕分けや後かたずけ、デイサービスや施設の中ではスタッフと同じように食卓の準備をしたりお茶を入れたりするなど日課を与えてあげることが脳の活性化を促します。

5.支援と成功体験

子供は小さな成功体験をたくさん積み重ねながら努力することの大切さを覚えて行きます。
認知症の方にも日課ができるような支援をしてあげてください。たとえば、立てない方を立たせるサポートをしてあげることは家庭でも大変大切です。私たちは身体の重心を大きく前に傾けなければ立ち上がることができませんが、このバランスは大腿部の筋力が低下するととてもとりにくくなります。ゆっくりと焦らず練習をして自分でできるようになると大きな喜びになります。日常生活のたくさんの場面でこのようなサポートをしながら成功体験を積み重ね、自信をつけていくことが脳の活性化や穏やかな気持ちにつながっていくのです。

認知症と運転 1

高速道路走行中を逆走する車が増えています。その多くは高齢者、そしてその多くは認知症患者と考えられています。物忘れ外来でアルツハイマー型認知症を中心とする認知症の方をたくさん診ていますと、こんなに進行した認知症の人が運転して来ているの!?と驚かされることがしばしばです。しかも家族がそれに同乗していることが多いのです。著名なコメンテーターがテレビで「家族がきちんと見ていれば運転するのを止めさせられたはず」といった机上のコメントをしていましたが、それができない家庭の諸々の事情があるのです。


法律はどうなっているの?

警察庁運転免許課が法律で定めている「免許の可否等の運用基準」には、統合失調症、そううつ病、てんかん、再発性の失神、重度の眠気をおこす睡眠障害、脳卒中(後遺症)、アルコール中毒症、認知症についてそれぞれの条件が記載されています。4大認知症(アルツハイマー型認知症、血管性認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症)については「運転免許申請の拒否、又は免許の取消し」とはっきり書かれていますので私たち医師もそれをまず前提に説得しなければいけないことは明白です。認知症の疑いがある方やまだ軽度の方に対しては「その後、認知症となる可能性があるので6ヵ月ごとに適性検査を行うこと」とされています。


認知症ドライバー引き起こす交通事故の現実は?

  1. 認知症患者の30%から50%が交通事故を起こす。
    これは健常者の5倍の頻度。
  2. 信号無視を起こしやすい。(抑制の欠如、注意力の低下、記憶力障害)
  3. 急な方向転換で巻き込み事故を起こしやすい。(行き先を忘れている、判断力低下)
  4. 高速道路逆走、踏切への進入。(標識を理解できない、判断力低下、パニックを起こす)
  5. 歩行者の妨害、接触を起こしやすい。(注意力低下、視空間失認)

認知症ドライバーが減らない理由は?

そこには患者さん自身の問題と御家族の問題があります。アルツハイマー型認知症の患者さんは一般的に病識がありません。今日の日にちすらわからないレベルであっても「自分は物忘れなどないのに家族に無理やり病院に連れて来られている。」と感じている方が多くおられます。そのような病状の方に運転をしないように指導しても本人の心中を察すれば「問題なくこうやって運転して通院しているのに、何故運転をやめる必要があるのか。」という気持ちではないでしょうか。また、女性よりも男性は運転免許を維持して運転するという行為に一種の喜びやプライドを持っていることが多く、それが社会とのつながりの一部になっていますので、おいそれと運転をやめてはくれないのです。強引な手段をとると激昂して手がつけられない事にもなりかねません。

では御家族はどうでしょうか。御家族のサポートが可能な恵まれた環境ならば免許の更新をさせない、キーを与えない、車を売却するなどの有効な手段を取ることができます。しかし、最近は二人で支え合って何とか毎日の生活を送っておられる老夫婦が大変多いのです。足腰の弱った二人にとって老夫が車の運転をしなければ病院にも行けません。日々の買い物にも行けません。そんな買い物弱者は都会でも増えています。ちょっと奥まった地域になるとなおさらです。ですから「危ないですから運転をやめさせましょう。」とおばあちゃんにお話ししても決していい返事は返ってきません。「この人はボケてしまいもう今言うたこともすぐ忘れますが、運転だけはなーんも心配いりません。50年も乗っとるとです。ベテランですけん大丈夫。」と言って取り合ってくれないのです。私の提案を受け入れると明日からの自分たちの生活にさっそく支障が出るのですからある意味仕方のない反応なのです。


解決策は?

難しい問題です。「今のところ日常生活にもさほど支障はないでしょうが、車の運転にもだんだん影響が出てくるんですよ。御自分では大丈夫と思っていても一旦交通事故を起こして人をあやめてしまったら取り返しがつきませんからね。」そのような説得を毎日くり返すしかありません。運転に必要な能力を維持しているのかどうかを適正に判断できる装置や方法は確立していません。同じ認知症といっても種類も程度も様々です。警察が行なっている適性検査やシミュレーションは精度が低く時間的制約もありますので正確に認知症を判別できていません。多くの認知症の方々が悪質な詐欺の被害にあっている現実も同様ですが、状況判断のできない認知症患者が普通に街を運転している怖さを私たちはこれから益々思い知らされる時代になるでしょう。2025年、認知症患者は700万人になると厚労省は予測しています。警察、行政、医師会全体でも取り組んでいかなければいけない大きな社会問題です。


家族が注意すべき「運転行動の変化」は?

  • 車庫入れに失敗する事が増える。
  • センターラインを越えて走る。
  • 右折左折時に路側帯に乗り上げる。
  • 車間距離が短くなる。
  • 右折時に直進車を待たずに曲がろうとする。
  • ウインカーを出さずに急に曲がろうとする。
  • ふだん通らない道に出ると迷う。
  • ふだん通らない場所に出るとパニックになる。

参考 CNS today vol3.No.1 Medical Tribune Feb 2013

認知症と運転 1

高速道路走行中を逆走する車が増えています。その多くは高齢者、そしてその多くは認知症患者と考えられています。物忘れ外来でアルツハイマー型認知症を中心とする認知症の方をたくさん診ていますと、こんなに進行した認知症の人が運転して来ているの!?と驚かされることがしばしばです。しかも家族がそれに同乗していることが多いのです。著名なコメンテーターがテレビで「家族がきちんと見ていれば運転するのを止めさせられたはず」といった机上のコメントをしていましたが、それができない家庭の諸々の事情があるのです。

法律はどうなっているの?

警察庁運転免許課が法律で定めている「免許の可否等の運用基準」には、統合失調症、そううつ病、てんかん、再発性の失神、重度の眠気をおこす睡眠障害、脳卒中(後遺症)、アルコール中毒症、認知症についてそれぞれの条件が記載されています。4大認知症(アルツハイマー型認知症、血管性認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症)については「運転免許申請の拒否、又は免許の取消し」とはっきり書かれていますので私たち医師もそれをまず前提に説得しなければいけないことは明白です。認知症の疑いがある方やまだ軽度の方に対しては「その後、認知症となる可能性があるので6ヵ月ごとに適性検査を行うこと」とされています。

認知症ドライバー引き起こす交通事故の現実は?

  1. 認知症患者の30%から50%が交通事故を起こす。
    これは健常者の5倍の頻度。
  2. 信号無視を起こしやすい。(抑制の欠如、注意力の低下、記憶力障害)
  3. 急な方向転換で巻き込み事故を起こしやすい。(行き先を忘れている、判断力低下)
  4. 高速道路逆走、踏切への進入。(標識を理解できない、判断力低下、パニックを起こす)
  5. 歩行者の妨害、接触を起こしやすい。(注意力低下、視空間失認)

認知症ドライバーが減らない理由は?

そこには患者さん自身の問題と御家族の問題があります。アルツハイマー型認知症の患者さんは一般的に病識がありません。今日の日にちすらわからないレベルであっても「自分は物忘れなどないのに家族に無理やり病院に連れて来られている。」と感じている方が多くおられます。そのような病状の方に運転をしないように指導しても本人の心中を察すれば「問題なくこうやって運転して通院しているのに、何故運転をやめる必要があるのか。」という気持ちではないでしょうか。また、女性よりも男性は運転免許を維持して運転するという行為に一種の喜びやプライドを持っていることが多く、それが社会とのつながりの一部になっていますので、おいそれと運転をやめてはくれないのです。強引な手段をとると激昂して手がつけられない事にもなりかねません。

では御家族はどうでしょうか。御家族のサポートが可能な恵まれた環境ならば免許の更新をさせない、キーを与えない、車を売却するなどの有効な手段を取ることができます。しかし、最近は二人で支え合って何とか毎日の生活を送っておられる老夫婦が大変多いのです。足腰の弱った二人にとって老夫が車の運転をしなければ病院にも行けません。日々の買い物にも行けません。そんな買い物弱者は都会でも増えています。ちょっと奥まった地域になるとなおさらです。ですから「危ないですから運転をやめさせましょう。」とおばあちゃんにお話ししても決していい返事は返ってきません。「この人はボケてしまいもう今言うたこともすぐ忘れますが、運転だけはなーんも心配いりません。50年も乗っとるとです。ベテランですけん大丈夫。」と言って取り合ってくれないのです。私の提案を受け入れると明日からの自分たちの生活にさっそく支障が出るのですからある意味仕方のない反応なのです。

解決策は?

難しい問題です。「今のところ日常生活にもさほど支障はないでしょうが、車の運転にもだんだん影響が出てくるんですよ。御自分では大丈夫と思っていても一旦交通事故を起こして人をあやめてしまったら取り返しがつきませんからね。」そのような説得を毎日くり返すしかありません。運転に必要な能力を維持しているのかどうかを適正に判断できる装置や方法は確立していません。同じ認知症といっても種類も程度も様々です。警察が行なっている適性検査やシミュレーションは精度が低く時間的制約もありますので正確に認知症を判別できていません。多くの認知症の方々が悪質な詐欺の被害にあっている現実も同様ですが、状況判断のできない認知症患者が普通に街を運転している怖さを私たちはこれから益々思い知らされる時代になるでしょう。2025年、認知症患者は700万人になると厚労省は予測しています。警察、行政、医師会全体でも取り組んでいかなければいけない大きな社会問題です。

家族が注意すべき「運転行動の変化」は?

  • 車庫入れに失敗する事が増える。
  • センターラインを越えて走る。
  • 右折左折時に路側帯に乗り上げる。
  • 車間距離が短くなる。
  • 右折時に直進車を待たずに曲がろうとする。
  • ウインカーを出さずに急に曲がろうとする。
  • ふだん通らない道に出ると迷う。
  • ふだん通らない場所に出るとパニックになる。

参考 CNS today vol3.No.1 Medical Tribune Feb 2013

認知症患者の「不安」について考える

認知症の患者さんは不安の中を生きていると言われています。

けれども認知症になった事のない私たちにはそれを真の意味で理解する事はできません。認知症患者が抱いている漠然とした「不安」とはいったいどんなものなのか、それを推し量ることは認知症理解のための一歩だという気がします。

不安とは「特定の対象を持たない漠然とした恐れの感情」です。具体的な恐怖と異なり不安の種は私たちの日常に無数に転がっています。中国では空が落ちてくるのを心配した人の逸話もありますし、日本の古い民間伝承には不安の強い人が神経を費やし過ぎてついには木になってしまったという話もあるほどです。人間はいつの時代も不安から逃れられないのでしょう。

不安の特徴

不安の第一の特徴は「対象のない恐れ」だということです。事故や強盗などの具体的な恐怖ではなくあくまで霧の中の想像の世界ですのでどこまでも大きくなってしまいます。そしてそれは「自分でコントロールできないという恐れ」を生みます。自分では解決できない、自分では手に負えないという恐れが不安の根本にはあるのです。また不安は「自分の存在自体が脅かされていくことへの恐れ」の表れでもあります。ですからそれぞれの認知症患者が「何に対する恐怖を不安と感じているのか」を考えてみる必要があります。

不安の中を生き抜いている認知症

自分が認知症になったと想像してみると、彼らが常時不安感にさいなまれているという事はたやすく想像できます。昨日ここに置いた物が何故なくなっているのか、この棚に入れたものが何故すぐに消えてなくなるのか、初めて話した事なのに何故何度も聞いたと言われるのか、単純な事を質問されているのに何故答えられないのか、約束どおりの場所に来たのに何故誰も来ていないのか、家に向かって歩いているのに何故知らない場所にいるのか、知らない人が何故家の中にいて私に馴れ馴れしく話しかけてくるのか・・・、きりがないほどの不安の中を生きているのだと想像できます。

そこで彼らはその不安から身を守る行動を身につけます。

「とりつくろい現象」

その第一がアルツハイマー型認知症の典型的な特徴、とりつくろい現象です。

アルツハイマー病の人は質問に対してあまり深く考えようとせず、その場しのぎの言い訳や作話でその状況をとりつくろう行動をとります。

たとえば最近のニュースについて尋ねられ返答に窮した時のとりつくろい現象は「最近全然大したニュースがないから(東日本大震災の翌日)。」「テレビを見ないから(一日中見ている)。」「今日は新聞を読んでいないから(隅々まで読んでいる)。」「今飛び起きてあわてて来たばかりだから(もう12時ですけど)。」「庭の剪定が忙しいから(数年前から剪定はやっていないのでは?)。」「先生が怖いから(怖くない、やさしい)。」「こないだ退職してから興味がなくなった(退職は10年以上前)。」という具合です。

これらの反応は自分の存在を守るため、自分の存在が不安にさらされないようにするための自己防衛手段と考えられます。

「怒りの対象を作る」

対象のない恐れは人間の不安を最も増強させます。記憶障害や空間認知障害のために認知症患者は頻繁に物をなくし頻繁に物を探しています。「そこに置いたものがもうなくなっている。」➱「何故か理由がわからない。不安だ。怖い。」➱「誰かのせいにする。」➱「嫁が盗ったに違いない。」➱「怒りの感情で不安が軽減する。」➱「もの盗られ妄想」という心理背景がそこにはあると言われています。怒りの対象を作って不安を軽減する。

この現象を立命館大学社会学の天田先生は「怒りの対象創出作戦」と名付けていますが、これは健康な人の日常でもありうる話です。

「できることを強調する」

さらに認知症患者はできることを強調する傾向が顕著です。アルツハイマー型認知症患者の中には症状がかなり進行しているのに時候の挨拶が驚くほどきちんとできたり、診察のお礼といって不自然なほどの気配り(高価な贈り物)をしたりする人がいます。彼らは深層心理の中で自分が変化していくことへの不安を持っていますので、それを覆い隠すためにできることを強調する傾向があるのです。プライドを維持したい、私は気配りのできる人間ですよとアピールしたい、かつての自分の尊厳を維持したいという気持ちが働くのでしょう。これも自分の存在が危うくなる不安から逃れるための防衛手段と考えられます。

言うは易し行うは難し

「介護者は認知症患者の形成している独特な世界を理解して暖かく接するべし」とよく言われます。毎日認知症の方と生活しケアをしている家族にとって、わかっていてもそれは簡単な事ではありません。叱責する、荒い言葉で注意する、急がせる、焦らせるなどの行為が認知症を悪化させることははっきりしているのについついというのが人情というものでしょう。

介護者にひとつできる事があるとすればこの「不安」をキーワードとして考えるアプローチではないでしょうか。認知症患者の理解しがたい行動、介護者をいらいらさせる行為や発言の多くは、どんな人間にも内在する「不安」が病気によって増幅されてそのようにさせているのです。そう考えるだけで少しだけ応対の仕方に余裕や変化が生まれるかもしれません。

参考文献 「不安になる」:立命館大学大学院先端総合学術研究科准教授 天田城介

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