失神、一つではないその正体。

医学生だった頃、失神の講義を受けながら意識を失う病気を何故「神を失う」と記すのだろうと不思議に思っていました。しかしよく考えてみると神という漢字を用いる医学用語は神経、精神など他にも色々あり、神とは「こころ」や「たましい」を意味しているのだと気づかされます。

江戸時代、オランダの解剖学書「ターヘルアナトミア」を日本語に訳して出版された「解体新書」。神経という言葉はその訳者であった杉田玄白、前田良沢らが作った造語ですが、彼らの言葉がこれからも未来永劫変わらず使われて行くのだと思うとその偉大さを改めて感じます。

さて、その失神の話です。脳神経外科外来でよく見る失神は大きく分けると、

  1. 自律神経によるもの
  2. 心臓によるもの
  3. 脳によるもの

この3種類に分類されます。


1.自律神経による失神

最も身近な失神は「神経調節性失神」「起立性調節障害」などといわれるもので、立ちくらみの重症版と考えればいいと思います。

立ちあがった瞬間にふっと意識が遠のいて倒れてしまう症状は血圧が低めの方によくおこります。本来人間は座位や横たわった状態から立ち上がると一時的に血圧が上昇するものですが、自律神経反射が正常に働かない方では逆に低下してしまいます。そのうえ心臓からの血液は拡張した下半身の血管に流入しますので脳への血流が急激に低下して意識を失うのです。そのような方は繰り返しますので起床時、湯船から上がる時、トイレの後などに急に立ち上がらないようにいつも気をつけておく必要があります。

まれに男性にみられるのがお酒を飲んで立ちあがりトイレで排尿した直後に意識を失って倒れる「排尿後失神」。トイレのあたりが何だか騒がしいなと思い駆けつけるとたいていそんなおじさんの寝姿が。膀胱に尿が溜まっている時血圧は上昇しているのですが、それが排尿により一気に下降して失神を来たすのです。居酒屋失神と名付けてもよさそうです。

一方女性に多いのが「美容院失神」。背もたれを倒し首を強く後屈して洗髪を行うと、頸椎のトンネルの中を走っている重要な血管が狭窄し脳への血流が急に減少して意識を失います。美容院の店長からせっぱつまった声でSOSの電話がある時はだいたいこれが原因。中高年のお客さんにはあまり首を後屈させずに洗髪するようアドバイスします。


2.心臓による失神

失神の患者さんには必ず心電図をとります。不整脈により十分な血流が心臓から拍出できないと脳血流が低下して失神を起こすからです。専門的には心房から心室への伝導がうまくいかない「房室ブロック」という不整脈により脳循環が低下して一過性の失神を起こす病態が重要で「アダムスストークス症候群」と呼ばれています。この症候群には他にも色々な危険な不整脈が含まれていますので心臓由来の失神が疑われた場合は速やかに心臓循環器専門医の判断を仰ぐことになります。


3.脳による失神

脳が原因の失神では「てんかん」が重要です。てんかん発作で意識を失った場合、脳内に脳腫瘍などの病気が発見されることがありますので画像検査は必ず行います。

画像診断上異常がない場合は発作時の状態を詳しく聴取することになります。てんかんには、いきなり全身をガタガタと震わせたり四肢を強くつっぱったりして意識消失を来たす「全般てんかん」と5秒~10秒程度の短い意識消失発作を起こし、その間それまでしていた動作をやめてじっとしていてすぐにまた元の動作に戻るという「小発作てんかん」があります。小発作は周りの人が気づかないことさえあります。このようなてんかん特有の症状がある時はさらに脳波検査を行い、異常があれば抗てんかん剤の投与を検討することになります。

一言に失神と言っても原因は様々です。