iPS細胞を用いたパーキンソン病治療

iPS細胞を用いたパーキンソン病治療

かつて「蝶のように舞い、蜂の様に刺す」と評され華麗なフットワークでファンを魅了したボクシング元世界王者故ムハメド・アリがパーキンソン病に罹患し、不自由な体でアトランタオリンピック開会式の聖火台に立った姿は今でも目に焼きついています。日本では重量級ボクシングを見る機会が少なかったのでジョージ・フォアマンやジョー・フレーザーとの死闘をあの頃子供だった私たちはテレビにかじりついて見入ったものでした。当時は良い薬が少なかったこともあり症状の進行も早かったのですが、近年では多くの治療法が試される時代になりました。中でも山中教授のiPS細胞は進行したパーキンソン患者にとってまさに福音となりそうです。

パーキンソン病は50代から60代で発症する事が多く日本では1000人中1人~1.5人の頻度で発症します。パーキンソン病は脳の中の中脳にある黒質という部位で作られる「ドーパミン」が減少して起こるのですが、なぜ黒質が破壊されて「ドーパミン」が作られなくなるのか、その原因はわかっていません。ドーパミンは身体の動きや意欲などの精神機能に関わっていますのでこれが減少すると、①振戦(手足の震え)②筋固縮(筋肉のこわばり)③動作緩慢(何をするにも動作がゆっくりになる)④歩行障害(足がすくんだり、加速歩行になる)⑤自律神経症状(便秘、たちくらみ、排尿障害、睡眠障害など)が起こってきます。

このパーキンソン病に対する治療は薬物治療と運動療法が主流となっていますが、近い将来iPS細胞(人工多機能性幹細胞)による画期的な治療がスタンダードになる日がくるかもしれません。人間の皮膚などの体細胞に特殊な操作を加えることによって、さまざまな組織や臓器に分化できる能力を持つ細胞を生み出した山中先生はそれをiPS細胞と命名したのですが、これが下図のようにパーキンソン病にも応用され始めています。

京都大学iPS細胞研究所ではiPS細胞からドパミン産生細胞を作りパーキンソン病のサルの脳に移植する実験を続けていましたが、その結果ドパミン産生細胞が順調に生着しがん化などの副作用がないことを確認したため、ついにヒトでの応用を開始したということです。今のところ治験は7人。今後2年間、症状の改善や副作用の有無について厳密なチェックが行なわれるそうですが、その結果で臨床応用への道が開けることになります。一刻も早くこの治療を一般の患者さんに届けられる時代になればいいと願います。

山中教授iPS細胞が変える未来の医療

京都大学の山中先生がノーベル医学生理学賞を受賞したニュースは久しぶりに日本人に勇気を与えてくれました。iPS細胞(人工多能性幹細胞)の画期的なところは何と言っても細胞の「初期化」に成功したということです。分子生物学や再生医療の世界では、専門化した細胞をまるで時間をさかのぼるように、分化する前の未成熟な状態に戻す「初期化」こそが最大のテーマとされてきました。山中先生のグループは約10万個ある遺伝子から初期化に役立つのではないかと思われる遺伝子を約100個に絞り上げ、一つの細胞に24個の遺伝子を注入するとういう離れ業を使い、最終的に初期化に必要な4個の遺伝子を決定しました。この研究により人類は種々の臓器に変化させることができる万能細胞を手に入れたのです。

京大山中チームの栄光の陰には研究者間の激しい戦いがありました。2006年、マウスでiPS細胞を作ることに成功した山中チームはすぐにヒトの細胞でのiPS細胞製作に着手します。しかし幾度の実験にも関わらず成功せず、その間米国ウィスコンシン大学のトムソン博士らが猛烈な巻き返しをはかったのです。二人の戦いは熾烈を極めついに2007年11月20日「ヒトの皮膚細胞からiPS細胞を作製した」と山中博士は医学雑誌「Cell」電子版に、トムソン博士は医学雑誌「Science」電子版に、二人はなんと全く同じ日に研究業績の発表を行ったのです(参考:ニュートン誌12月号)。その後山中チームはさらに確実性や効率性や精度を高め、安全にiPS細胞を作るための多くの論文を発表し今回の受賞に繋がったのです。

iPS細胞は夢の細胞です。今後多くの医療に用いられてゆくことは間違いありません。脳外科の世界では、脊髄損傷に陥った組織を除去しそこにiPS細胞を移植する試みやパーキンソン氏病の患者の脳に移植する試みが始まっています。眼科では加齢黄斑変性に対しiPS細胞のシートを敷き、それを網膜に移植する方法が検討されています。動物実験ではiPS細胞から膵臓や小腸、肝臓などを作る実験や心臓、腎臓への応用も成功しています。その技術が臨床に役立ち、現在の難病も普通に治療し当たり前に治ってゆく病気になっている。近い将来そんな日が来るのではないでしょうか。タイムマシーンで未来の医療を見に訪れたいものです。

山中教授は「多くの患者さんやご家族からの期待にできるだけ早く応えるべく、一層研究に注力したいと思います。しかし実用には安全性の確認が最も大切ですので慎重に進めてゆきます」と謙虚に述べています。人類の未来を変える偉大な仕事をした日本人医師。全世界で永久に語り継がれる現代の英雄です。

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