猛暑の中の脳梗塞、救急車を呼ぶタイミング

猛暑の中の脳梗塞、救急車を呼ぶタイミング

脳卒中データバンクの統計を調べますと脳血栓の患者4万人以上を対象にした調査で、脳の細い血管が詰まる「ラクナ梗塞」、やや太い動脈が詰まって重症化しやすい「アテローム血栓性脳梗塞」のどちらもがこの8月に最も多い事が示されています。少ない月は12月と2月です。

これは猛暑で人は脱水状態になり、血液がサラサラからドロドロ状態になることが原因と考えられています。日頃の健康管理が不十分で高血圧や高脂血症、糖尿病などがある方では、動脈硬化が進行して血管が細くなっていますので、特に発症しやすい傾向があります。

人は睡眠中にもコップ2杯分の汗をかきますので水分摂取が大切ということはわかっていても、夜間のトイレ回数が増えるのが困ると言う方が多くおられます。質の良い睡眠をとることも大切ですのでどちらを優先すべきか悩むところです。夜間のトイレの回数が気になる方は夜間には利尿作用のあるお茶やコーヒー、ビールを避ける事が肝要です。お茶なら利尿作用の少ない麦茶がいいでしょう。寝る前にことさら多くの水分を摂る必要はありません。夜間トイレに起きた時に枕元の1杯の水を飲む習慣をつけるなど、少量でもいいので口にすることが大切です。

脳卒中が起こりやすい時間帯は早朝です。脳梗塞は通常、左右どちらかの麻痺で物が持てない、ろれつが回らず言葉がしゃべりにくい、急に顔が麻痺するなどの症状で突然起こります。けれどもごく初期には気分不良、会話中の反応の遅さ、めまい感、ふらつき感などで発症する事もあります。高齢者では「いつもとなんとなく違う」という感じで発症することも珍しくありません。家族の方は気温や脱水症状からくる体調不良をまず疑うと思いますが、水分補給や身体を冷やすなどの手当てをしても症状が改善しない場合はすぐに救急車を呼びましょう。3時間以内に搬送できるかどうかがカギになります。

またこの時期には、脚の静脈にできた血栓が肺に飛んで起こる「肺塞栓症」、スポーツ中や暑い中でのスポーツ観戦中の「心筋梗塞」なども起こりやすくなります。夏の血栓症は突然死の大きな原因の一つです。

認知症患者の不機嫌さと体調不良

認知症患者の不機嫌さと体調不良

不機嫌な認知症患者をみかけると認知症からくる症状だから仕方ない、とつい決めつけてしまいがちですが、実際には身体の不調が原因になっていることもあります。泣いて母親を振り向かせる赤子のように不機嫌になっているのです。水分摂取を気にかけないので脱水傾向になったり、頑固な便秘を抱えている事もあります。そのどちらもが全身状態を悪化させ、認知症特有の不機嫌さに直結しています。認知症施設のスタッフは脱水予防と排便管理、便秘の対策にいつも追われています。

せん妄と脱水

認知機能が急に低下し、会話が通じなくなり、幻覚や妄想、異常行動が出てくるとせん妄状態を疑います。せん妄は寝ぼけが悪化したような意識障害の一つで、認知症や術後の患者さんに良く見られます。このせん妄の重要な原因の一つに脱水が知られています。認知症の方は飲水に対する意識が低くなるので、ケアをする方は適宜飲水の励行と一日水分摂取量を把握することが大切です。水分摂取の少ない人や拒否をする人に対しては無理な促しは反発を招きますので、マジシャンセレクトが有効です。マジシャンセレクトとは選択肢を目の前に2つ提示して「どちらを飲みますか」と選択させる方法です。こうすると人間はついどちらかを選んでしまうのです。

便秘と不機嫌

「三日以上排便を認めない」「または排便があっても残便感があるもの」を日本内科学会は便秘と定義しています。高齢になると便秘になりやすくなります。それは食事飲水量の低下、腹筋群の筋力低下、腸の動きの悪化などが原因です。

認知症患者ではこれに加えて記憶障害や心理行動症状も原因になります。排便した事を忘れて常時便秘を訴える「偽性便秘」や便意を排便のサインと認識できずに我慢してしまいこれが習慣化して便秘になっていくタイプなどです。また「トイレに知らない人がいる」という幻覚妄想からトイレに行かなくなる場合もあります。便秘の訴えに対してはすぐに薬を使うのではなく広い視野で観察する必要があります。

認知症の方はうまく訴える事ができないので、身体症状の不調が不機嫌や易怒性などの精神症状として現われてくることもよくあります。排便状態に関しては周囲がいつも注意を払っておく必要があります。レビー小体型認知症では、レビー小体という異常物質が腸管壁に沈着したり、排便をコントロールする脳幹部に沈着するのでたいへん重症の便秘になることもあります。

便秘は水分摂取や運動不足が原因になりますのでそれらを留意した予防が大切です。食事内容は不溶性食物繊維と水溶様性食物繊維の割合を2対1にすることが推奨されています。けれども介護の現場はそんな理想的な環境ではありませんので、薬物療法を選択せざるを得ないのが現状です。慢性的に便秘薬を飲んでいる人も多いと思いますが、いわゆる「刺激性下剤」という種類に分類されている薬は頻用しない方がいいでしょう。刺激性下剤を慢性的に使うと将来、より難治性の便秘症を引き起こす事が知られているからです。脱水や便秘など認知症とは一見関係なさそうな身体の不調が、精神症状の悪化を引き起こすことに注意が必要です。

参考資料 眞鍋雄太 認知症マネージメント全身疾患の管理他

スポーツ顔面外傷の注意点

スポーツ顔面外傷の注意点

中高生のコンタクトスポーツでは頭部打撲による脳震盪が一番多く見られますが、相手の肘が顔に当たったり、顔面が地面に叩きつけられるような顔面外傷も時折見られます。先日受診した高校生の例を参考に注意すべき点を考えます。

17歳高校生のケース

ラグビーの試合中、スクラムで密集に巻きこまれて顔面を地面で強打。直ちに当院を受診しましたが意識は清明で、記憶にも問題はなく、脳震盪の所見ではありませんでした。左眼周囲を強く打撲して高度に腫れており、左眼が良く見えないと訴えていました。診察上は眼球運動障害や視野の異常はみられませんでした。圧痛点は一番腫れている左の眼の内側と下にあり、診察中に腫れがどんどん増してくる状態でした。CT検査で脳と副鼻腔を詳しく観察したところ、脳内には異常はありませんでしたが、左の上顎骨に骨折があり、骨が内側に折れこんでいる状態でした。近くの基幹病院の耳鼻科と眼科を紹介し、さらに詳しい検査を行ってもらうことにしました。

顔面外傷のチェック方法

1.意識レベルと記憶のチェック

呼びかけにきちんと答える事ができるか、ケガをした時の状況を覚えているか、激しい頭痛がないか確かめる。問題がなければ緊急性はないが、きちんと答えられないようなら、脳震盪の可能性が高いのですぐに専門の病院へ搬送する。

2.神経症状を簡単にチェック

眼の前で指を動かしてみて、自分の意志で開眼できるか、動く指が見えているか、指を追う事ができるか、二重に見えていないかをチェック。両腕を挙上させて、手のひらをグーパーさせて、左右差なく動かせるかチェック。

3.顔面の腫れをチェック

眼の周りや鼻や頬が腫れていないかチェック。 鼻骨や頬骨骨折があると痛みが非常に強く、急激に腫れてくる。顔の骨折は緊急性はないが、疑わしい場合は必ず専門の科を受診させる。

4.その他の注意点

  • 打撲、出血部位はすぐに圧迫して氷で冷やして様子をみます。
  • 顔面打撲でも頭部打撲と同じ力が脳に働きますので、打撲が強い場合は硬膜下血腫、硬膜外血腫などが起こる可能性があります。CT検査は必ず必要です。
  • 眼球の周囲は皮膚が薄く脂肪組織が多いので腫脹がひどくなりやすいのです。コンタクトレンズは早めにはずしておかないと、腫れがひどくなるとはずしにくくなります。
  • ボールが眼を直撃したケースでは眼窩の底の薄い骨が折れて、眼を動かす筋肉が障害されるため、物が二つに見えるようになります。これを吹き抜け骨折といい、手術が必要になります。
  • 眼球を強く打つと眼球震盪が起こり、しばらく視力が低下したような状態になります。これは徐々に回復してきますが、眼科医に診てもらうのがいいでしょう。
  • 顔面の変形が起こっているような外傷では、鼻骨骨折、眼窩底骨折、頬骨骨折、頬骨弓骨折、下顎骨折などが疑われますので、直ちに病院へ搬送してください。

帯状疱疹後神経痛(PNH)

帯状疱疹は体内の「水痘・帯状疱疹ウイルス」が活動を再開して起こる病気です。子供の頃かかった水ぼうそうのウイルスは、治ったあとも死滅したわけではなく、脊髄から出る末梢神経の「神経節」という部位にずっと潜んでいます。一生おとなしくしてくれていたらいいのですが、人間の体力が落ちて免疫力が低下すると活動を再開してきます。そして神経の流れに沿って神経節から皮膚へと移動していき、強い痛みを伴う水疱を作ります。これが帯状疱疹です。このウイルスは日本人の90%が持っていると言われていますので誰もがかかる可能性のある病気なのです。

この病気の発症率は50歳を超えると急に上昇し、70代、80代でピークを迎えます。その高齢者発症の帯状疱疹で一番問題になるのが「帯状疱疹後神経痛」です。下の表に書かれているように、帯状疱疹にかかった人の2割位の人が帯状疱疹後神経痛になり、この頻度は高齢者ほど高いのです。

帯状疱疹後神経痛(PNH)

代表的な症状

帯状疱疹が治癒して半年経過しても、焼けるような痛みがとれない、刺すような痛みが定期的にやってくる、ひりひり、チカチカ、ずきずきなど症状は多彩で、生活に大変支障が出ます。これは帯状疱疹ウイルスによって神経が慢性的に傷つけられ、神経が興奮状態になったり抑制がきかなくなったりしているためと言われています。この痛みは、皮膚の炎症によって起こる帯状疱疹急性期の痛みとは原因が違いますので、薬の選択も全く異なるという事になります。

治療法

帯状疱疹後神経痛は、原因となる帯状疱疹の程度がひどいほど発症しやすく痛みの程度もひどくなりがちです。ですから初期治療の開始時期が大変重要です。帯状疱疹後神経痛の治療は薬物療法や神経ブロック、理学療法などを組み合わせて行ないますが、なかなか完治させるのが難しい病態と言えます。

「神経障害性疼痛薬物療法ガイドライン」第2版(2016)で推奨されているのはアミノトリプチン、ノリトレンなどの抗うつ剤、リリカなどの神経性疼痛治療薬です。臨床の現場では、人によって薬剤の効果は大きく異なりますのでケースバイケースで処方しています。トラマドールのような非麻薬系オピオイドは整形外科領域の疾患では頻用されていますが、帯状疱疹後神経痛は長期に亘る病気ですので、その有益性はまだ明確ではないとされています。痛みは人間にとって大変なストレスですが、出来る限り痛みにとらわれすぎず、うまく付き合っていくという気持ちも大切です。

頭痛と生活習慣:スマホを使ったビッグデータ解析

頭痛と生活習慣:スマホを使ったビッグデータ解析

日本頭痛学会誌2019年3号に掲載された「生活習慣」と「頭痛」に関するビッグデータの解析結果を紹介致します。このような実態調査は行われたことがなく、興味深い結果が出ています。現在、片頭痛の罹患率は8.4%、緊張型頭痛が21.7%という事になっていますが、頭痛の人がみんな病院にかかるわけではありませんので、一般の方の生活習慣を調べることで頭痛との関係がよりよくわかるだろうという研究です。

方法はウェブサイト「健康情報アプリ my healthy(マイヘルシー) 」を用いて食生活、運動に関する質問688問、身体症状に関する質問438問を送り答えてもらいます。その内容の一部を下表に示しています。1問の回答時間が1.25秒以下のものは内容を十分確認していない可能性が高いので集計から外しています。有効回答者数は男性1601例、女性2137例で80%が20歳から50歳でした。

頭痛と生活習慣:スマホを使ったビッグデータ解析

この研究は色々な生活習慣と頭痛の関係をアンケート形式で調べているだけですので、頭痛の原因や誘発因子を確定できるようなものではありません。原因なのか結果なのかもわかりません。ただ、頭痛予防に必要なおおまかな傾向はわかります。その結果「緑黄野菜を多く食べる人」、「ストレス解消となる趣味や息抜きをしている人」、「筋力トレーニング、早歩きなどの運動習慣のある人」、「玄米を食べる人」では頭痛の頻度が少ない傾向がみられました。また、興味深いのは緑黄色野菜のうちピーマンを定期的に摂取することが頭痛に良い影響を与えているという強い相関関係が出たことです。いったいピーマンの成分の何がいいのか、これはまだ分かっていませんので今後の研究課題です。

玄米は精白していない米なので精白米よりもビタミンB2やマグネシウムなどのミネラルが多く含まれています。以前よりビタミンB2やマグネシウムに片頭痛予防効果があることは知られていますのでそれを裏付ける結果と言えるかもしれません。また、片頭痛や緊張型頭痛を悪化させる原因にストレスがあることもよく知られていますので、ストレス解消を心がけることが予防に大切であることも確認されたといえるでしょう。

このようなアプリを用いた研究はスマートフォンを自由に操れる世代が中心になりますので全世代に当てはまるものではありませんが、これからも色々な病気の情報収集と解析のためにはいへん役立つ方法になっていくと考えられます。

コカイン中毒と社会

コカイン中毒と社会

コカインは中枢神経系を刺激して異常な興奮を引き起こす薬物です。脳内の神経伝達物質ドパミンやノルアドレナリンの活性が異常に高まり、頻脈、高血圧、散瞳、高体温といった交感神経興奮作用が引き起こされます。また血管収縮作用も強く、心筋梗塞、脳梗塞、大動脈解離、腎虚血、腸管虚血などで突然死する原因となります。

コカインを喫煙すると興奮と高揚により、多幸感、活力向上感、全能感、誇大感が引き起こされます。さらに過剰に投与されると攻撃性、不眠、幻覚、妄想、せん妄となり、その後強い疲労と消耗症候群により睡眠をむさぼるようになり、その繰り返しでさらなるアリ地獄にはまっていくことになります。アルパチーノファンの私はコカインというとすぐに「スカーフェイス」を思い出すのですが、あの結末も実に悲惨なものでした。

アメリカでは今、コカインは非常に大きな社会問題となっています。それは2015年から16年の間にコカイン中毒死が52%増加したからです。この異常な中毒死の増加の原因は、中毒患者がさらに強いドラッグを欲しがり、売人がコカインにフェンタニル(ヘロインの50倍強力なオピオイド)を混入させて売るようになったためといわれています。フェンタニルは医療現場でレスキュー用にのみ許可されている強力な合成オピオイドですが、この5,6年の間に違法麻薬市場に入りこみ、プリンスなどの有名人を含む多くの人の命を奪っているのです。

米国で薬物依存を調べている専門家は、ホームレスや黒人のコミュニティー、メキシコ系アメリカ人、プエルトリカンなどで特に汚染がひどく、毎月150万人はコカインを使用していて、その数は今やヘロインの3倍だということです。アメリカではコカインの値段が1g5000円以下に下がり、手短かに現実逃避、多幸感が得られる事から敷居の低いドラッグになっているようです。

また低産階級だけでなく、成功者と言われる人たちにもコカインは蔓延しています。「コカインは幻覚や快感が得られると言うがホントは違う。頭の回転が尋常じゃないほど速くなり、画期的なアイデアが浮かぶ。このお陰でシリコンバレーを生き抜き、ウォールストリートを勝ち抜くことができた」と彼らは言い、スティーブ・ジョブスは成功の理由はLSDだと言い切っています。アンジェリーナ・ジョリーやパリス・ヒルトン、オバマ元大統領もコカイン元愛用者。向こうに住んでいたら成宮君もピエール君も普通に仕事できてた、ってことでしょうか。麻薬ってホントに怖いものなのに、これほど民族間で認識が違う事が不思議でなりません。

高齢者の「静かなてんかん発作」―最近のケースからー

高齢者のてんかんは口から泡を吹いてぶっ倒れるような派手なてんかんではありません。急にぼーっとして反応が薄くなり動作が減ったり止まったり奇妙な動きをしたりします。数分で戻るのですが完全に回復するまでの数時間、寝ぼけているような感じになります。これが「静かな発作」です。その間、話しかけてもまともな返答がなくとんちんかんな受け答えをするため、家族が認知症と勘違いしたり、主治医でさえ区別が難しいことがあるのです。当院での症例を紹介します。年齢、職業は変えています。

79歳の男性。75歳まで電気屋を自営していたが、引退後は家にとじこもり気味になっていた。家族がこのままだと認知症になると心配していたところ、77歳の頃、話しかけても反応が鈍く、会話がトンチンカンになり、昨日話したことを覚えていない事が増えてきた。呼びかけても返事がなかったりこたつでテレビを見ているのに時々身体をゆらゆらさせてちゃんと見ていないことも増えてきた。大事な話を覚えていないのは難聴のせいで、返事をしないのはもともと無口なので理解はしているが返事が面倒なだけだろうと思っていた。しかしそういう状況が徐々に増えたので認知症が心配になってかかりつけ医を受診したところ、アルツハイマー型認知症と診断され投薬が開始された。それから2年後歯磨き中に意識を消失して倒れ頭部打撲を来たしたため、当院を受診されました。

この2年間のお話を詳しく伺ったところ、この方は高齢者てんかんを自宅で繰り返し起こしていたと考えられました。意識消失発作の場合はわかりやすいのですが、「静かな発作」をくり返すケースは発見しにくいのです。意識がしっかりしている時と発作を起こしてぼーっとしている時とでは本来はかなり違うはずなのですが、この方はこたつに入って黙ってテレビを見るような生活習慣で、無口で難聴。発作がわかりにくく、発作後の寝ぼけ状態も眠たくてぼんやりしているんだろうと家族が判断してきたのです。高齢者てんかんはくつろいでいる時に起こりやすく、身体がゆらゆらしていたのは「自動症」という特徴的な症状なのですが、かかりつけ医も家族からの問診で認知症と判断した可能性があります。

今回、意識消失発作を起こしたために、問診と脳波で確定診断を行い、正しい診断を導くことができました。高齢者のてんかんはこれからさらに増えると予想されますので家族も医師も注意が必要です。最近は治療効果が高く安全な抗てんかん剤薬がたくさん出ていますので、この方もふさわしい薬を選択して内服を続けた結果てんかん発作は消失し、とんちんかんな会話やボーっとする症状も消失させることができました。

iPS細胞を用いたパーキンソン病治療

iPS細胞を用いたパーキンソン病治療

かつて「蝶のように舞い、蜂の様に刺す」と評され華麗なフットワークでファンを魅了したボクシング元世界王者故ムハメド・アリがパーキンソン病に罹患し、不自由な体でアトランタオリンピック開会式の聖火台に立った姿は今でも目に焼きついています。日本では重量級ボクシングを見る機会が少なかったのでジョージ・フォアマンやジョー・フレーザーとの死闘をあの頃子供だった私たちはテレビにかじりついて見入ったものでした。当時は良い薬が少なかったこともあり症状の進行も早かったのですが、近年では多くの治療法が試される時代になりました。中でも山中教授のiPS細胞は進行したパーキンソン患者にとってまさに福音となりそうです。

パーキンソン病は50代から60代で発症する事が多く日本では1000人中1人~1.5人の頻度で発症します。パーキンソン病は脳の中の中脳にある黒質という部位で作られる「ドーパミン」が減少して起こるのですが、なぜ黒質が破壊されて「ドーパミン」が作られなくなるのか、その原因はわかっていません。ドーパミンは身体の動きや意欲などの精神機能に関わっていますのでこれが減少すると、①振戦(手足の震え)②筋固縮(筋肉のこわばり)③動作緩慢(何をするにも動作がゆっくりになる)④歩行障害(足がすくんだり、加速歩行になる)⑤自律神経症状(便秘、たちくらみ、排尿障害、睡眠障害など)が起こってきます。

このパーキンソン病に対する治療は薬物治療と運動療法が主流となっていますが、近い将来iPS細胞(人工多機能性幹細胞)による画期的な治療がスタンダードになる日がくるかもしれません。人間の皮膚などの体細胞に特殊な操作を加えることによって、さまざまな組織や臓器に分化できる能力を持つ細胞を生み出した山中先生はそれをiPS細胞と命名したのですが、これが下図のようにパーキンソン病にも応用され始めています。

京都大学iPS細胞研究所ではiPS細胞からドパミン産生細胞を作りパーキンソン病のサルの脳に移植する実験を続けていましたが、その結果ドパミン産生細胞が順調に生着しがん化などの副作用がないことを確認したため、ついにヒトでの応用を開始したということです。今のところ治験は7人。今後2年間、症状の改善や副作用の有無について厳密なチェックが行なわれるそうですが、その結果で臨床応用への道が開けることになります。一刻も早くこの治療を一般の患者さんに届けられる時代になればいいと願います。

においと方向感覚と、そして認知症

においと方向感覚と、そして認知症

においによって記憶が呼び覚まされることは私たちの日常でもよく経験します。心理学の本をパラパラと見ていると「ブルースト現象」という言葉を目にすることがあります。これはフランスの作家マルセル・ブルーストの「失われた時を求めて」という小説の中で、主人公がマドレーヌと紅茶の香りで少年時代を思い出すというシーンに由来するものだそうです。徒歩通勤をしていて風の匂いで懐かしい感覚がよみがえるのもそれに近いかもしれません。

においと認知症

認知症の早期に嗅覚が低下するという現象は良く知られています。ただし嗅覚が弱っているからといってそれが認知症のサインというわけではありませんし、匂いによるアロマテラピーが認知症の進行を遅らせるという証拠もありません。証明されているのはあくまで認知症の患者さんでは嗅覚が落ちているという事実です。認知症の初期症状の記憶障害は「海馬」の萎縮で起こりますが、海馬のすぐ外側にある「嗅皮質」も同時に萎縮しているため、アルツハイマー型認知症の人は正常高齢者に比べて嗅覚が低下しているのです。MCIといわれる軽度認知障害の方でも嗅覚低下を訴える方は時々いますし、重症化した認知症の方が自分の周りの臭いに気づかず不潔になりやすいのもそのためです。

においと記憶、そして方向感覚

私たちヒトにとってにおいは美味しい物を味わったりリラックスしたり特別な時に役立つものですが、もともと動物にとってにおいは生存するためのえさや獲物を得る時に最も大切な知覚でした。さらに周囲は敵だらけなので天敵のにおいも記憶する必要があったでしょう。においと記憶はお互いを刺激し合って進化してきたに違いありません。

今年10月、ネイチャーコミュニケーションという医学雑誌に興味深い論文が発表されました。カナダモントリオールの大学の精神科から出された論文で「匂いに敏感な人は方向感覚にも優れている」という内容です。動物がにおいを記憶する時、彼らはその場所も同時に記憶しています。貴重な食べ物がある場所や危険な場所をにおいと共に記憶しなくては意味がないからです。

この研究ではボランティアを二つのグループに分けます。ひとつはにおいに敏感なグループ。もうひとつはにおいに鈍感なグル―プです。それぞれにテレビゲーム(図a)をやらせます。

においと方向感覚と、そして認知症

そのゲームは仮想都市の迷路に入って行って決められたターゲットを早く見つけて帰還するようなゲームです。なかなか面白そうです。

においと方向感覚と、そして認知症

その結果(図b)の様に、においに敏感なグループほど(右に行けばいくほど)、空間認知能力が優れている(上の方に●がたくさんある)ことがわかったのです。

認知症に記憶障害や嗅覚低下、道に迷うなどの症状があることを考えると、この三つの症状は密接に関連していてまさに動物が生きるために一番必要な能力なのだと考えさせられます。

「物盗られ妄想」は怪しいサイン(地域紙連載インタビュー記事より)

記者
前回、先生は認知症の始まりは「物忘れ」だけでなく、「怒りやすさ」、「興奮しやすさ」といった性格の変化も重要なサインだとおっっしゃいましたが、それ以外にも早期の認知症を疑わせる徴候はあるのでしょうか。
松田
そうですね。認知症の症状は物覚えが悪くなる、日にちがわからなくなる、理解力の低下、今まで使えたものが使えなくなるなどの「中核症状」と、怒りやすくなる、自発性が無くなるなどの「行動心理症状」に分けられます。この「行動心理症状」の中で最も多いのが物盗られ妄想なんです。
記者
他人が勝手に部屋に入って色んな物を盗んでいくという訴えですね。
松田
はい。しかもその対象は身近な人に向けられる事が圧倒的に多いのです。同居している家族や世話をしてくれるお嫁さん、たまに遊びに来る親戚の人、施設に入っている場合はそこを管理している人や掃除をしてくれる人、同じフロアに住んでいる住人などを疑う事が多くトラブルになるのです。
記者
でもその場合、それが事実なのか妄想なのか区別がつかない事がありませんか。
松田
確かにそうです。まことしやかに話すので周囲の人を巻き込んで騒動になることも多々あります。その訴えは非常に執拗で回数が多く、絶対にあり得ないことだと説明しても聞く耳を持たないことが多いんです。認知症の方は記憶力が落ちていますので、何をどこにしまったかを忘れてしまっています。自分がしまったはずのところにそれがないと大変不安になるので、その不安を解消するために「人に盗まれた」という発想が生まれるわけです。周りの人も最初は本当の話かもと信じるのですが、その回数が増えてくるとさすがにそんなことはあり得ないだろうと気づき始めるのです。
記者
そうなんですね。具体的にはどんな物がなくなるという訴えが多いのですか。高価な物を盗まれたと言う事が多いのですか。
松田
めがねとか通帳、保険証など生活に密着しているものが多いのですが「宝石を嫁が盗っていく」という訴えもあり千差万別です。しかも、一度なくなったものが別の所から出てくるので、誰かが部屋に入ったと言って大騒ぎしたり何度も警察を呼んだりします。防犯カメラを付けても、映らない所から侵入したに違いないと、あり得ないことでしょうと説得しても考えを変えてくれません。
記者
ということは、「物盗られ妄想」があるとかなりの確率で認知症の始まりだと考えてもいいものなのでしょうか。
松田
認知症外来をやっている私たちは、物盗られ妄想は認知症の中でも「アルツハイマー型認知症」の初期症状だと判断しています。御家族が連れてきて頂かないとなかなかすぐに受診には繋がりませんが、検査をすると記憶力や理解力、判断力も並行して低下している事がはっきりしてきます。アルツハイマー型認知症の方は「とりつくろい」が上手なので普通の会話では気づかれないことが多いのです。
記者
前回、早期発見が大切というお話しでしたが、物盗られ妄想の方に対してはどのように接していけばいいのでしょうか。
松田
この対処法は本当に難しい問題です。「長年世話をしてきた私が何故こんな事を言われなければいけないのだろう」と苦しんでいる家族も多いですし、施設ではマスターキーを持っている管理者が疑われたり、あの階には泥棒がいると吹聴されたりして対処できなくなっているケースもあるのです。頭から否定するといっそうかたくなに訴えますので、ある程度は傾聴する必要はあるのですが・・・・。
記者
不安が原因になっていると先程伺いましたので不安を取るように接していくことが大切なのでしょうが、でも訴えの全てを受け入れてしまうこともできませんよね。
松田
そのとおりなんです。一緒になって警察に電話したり犯人探しをするわけにはいきませんので、やはり否定すべきところはきちんと否定する必要があります。説得することは難しいのですが、「もう一回一緒に探してみましょう」「ちゃんと戻ってきているんだから大丈夫ですよ」などと話して、少なくともその時だけでも安心させるように努めるといいと思います。頻度が増えて手に負えない時はどうしてもお薬が必要になります。物盗られ妄想の特効薬はありませんが、物忘れ外来では不安やいらいらを少しでも和らげるような処方をしています。