頭痛と生活習慣:スマホを使ったビッグデータ解析

頭痛と生活習慣:スマホを使ったビッグデータ解析

日本頭痛学会誌2019年3号に掲載された「生活習慣」と「頭痛」に関するビッグデータの解析結果を紹介致します。このような実態調査は行われたことがなく、興味深い結果が出ています。現在、片頭痛の罹患率は8.4%、緊張型頭痛が21.7%という事になっていますが、頭痛の人がみんな病院にかかるわけではありませんので、一般の方の生活習慣を調べることで頭痛との関係がよりよくわかるだろうという研究です。

方法はウェブサイト「健康情報アプリ my healthy(マイヘルシー) 」を用いて食生活、運動に関する質問688問、身体症状に関する質問438問を送り答えてもらいます。その内容の一部を下表に示しています。1問の回答時間が1.25秒以下のものは内容を十分確認していない可能性が高いので集計から外しています。有効回答者数は男性1601例、女性2137例で80%が20歳から50歳でした。

頭痛と生活習慣:スマホを使ったビッグデータ解析

この研究は色々な生活習慣と頭痛の関係をアンケート形式で調べているだけですので、頭痛の原因や誘発因子を確定できるようなものではありません。原因なのか結果なのかもわかりません。ただ、頭痛予防に必要なおおまかな傾向はわかります。その結果「緑黄野菜を多く食べる人」、「ストレス解消となる趣味や息抜きをしている人」、「筋力トレーニング、早歩きなどの運動習慣のある人」、「玄米を食べる人」では頭痛の頻度が少ない傾向がみられました。また、興味深いのは緑黄色野菜のうちピーマンを定期的に摂取することが頭痛に良い影響を与えているという強い相関関係が出たことです。いったいピーマンの成分の何がいいのか、これはまだ分かっていませんので今後の研究課題です。

玄米は精白していない米なので精白米よりもビタミンB2やマグネシウムなどのミネラルが多く含まれています。以前よりビタミンB2やマグネシウムに片頭痛予防効果があることは知られていますのでそれを裏付ける結果と言えるかもしれません。また、片頭痛や緊張型頭痛を悪化させる原因にストレスがあることもよく知られていますので、ストレス解消を心がけることが予防に大切であることも確認されたといえるでしょう。

このようなアプリを用いた研究はスマートフォンを自由に操れる世代が中心になりますので全世代に当てはまるものではありませんが、これからも色々な病気の情報収集と解析のためにはいへん役立つ方法になっていくと考えられます。

コカイン中毒と社会

コカイン中毒と社会

コカインは中枢神経系を刺激して異常な興奮を引き起こす薬物です。脳内の神経伝達物質ドパミンやノルアドレナリンの活性が異常に高まり、頻脈、高血圧、散瞳、高体温といった交感神経興奮作用が引き起こされます。また血管収縮作用も強く、心筋梗塞、脳梗塞、大動脈解離、腎虚血、腸管虚血などで突然死する原因となります。

コカインを喫煙すると興奮と高揚により、多幸感、活力向上感、全能感、誇大感が引き起こされます。さらに過剰に投与されると攻撃性、不眠、幻覚、妄想、せん妄となり、その後強い疲労と消耗症候群により睡眠をむさぼるようになり、その繰り返しでさらなるアリ地獄にはまっていくことになります。アルパチーノファンの私はコカインというとすぐに「スカーフェイス」を思い出すのですが、あの結末も実に悲惨なものでした。

アメリカでは今、コカインは非常に大きな社会問題となっています。それは2015年から16年の間にコカイン中毒死が52%増加したからです。この異常な中毒死の増加の原因は、中毒患者がさらに強いドラッグを欲しがり、売人がコカインにフェンタニル(ヘロインの50倍強力なオピオイド)を混入させて売るようになったためといわれています。フェンタニルは医療現場でレスキュー用にのみ許可されている強力な合成オピオイドですが、この5,6年の間に違法麻薬市場に入りこみ、プリンスなどの有名人を含む多くの人の命を奪っているのです。

米国で薬物依存を調べている専門家は、ホームレスや黒人のコミュニティー、メキシコ系アメリカ人、プエルトリカンなどで特に汚染がひどく、毎月150万人はコカインを使用していて、その数は今やヘロインの3倍だということです。アメリカではコカインの値段が1g5000円以下に下がり、手短かに現実逃避、多幸感が得られる事から敷居の低いドラッグになっているようです。

また低産階級だけでなく、成功者と言われる人たちにもコカインは蔓延しています。「コカインは幻覚や快感が得られると言うがホントは違う。頭の回転が尋常じゃないほど速くなり、画期的なアイデアが浮かぶ。このお陰でシリコンバレーを生き抜き、ウォールストリートを勝ち抜くことができた」と彼らは言い、スティーブ・ジョブスは成功の理由はLSDだと言い切っています。アンジェリーナ・ジョリーやパリス・ヒルトン、オバマ元大統領もコカイン元愛用者。向こうに住んでいたら成宮君もピエール君も普通に仕事できてた、ってことでしょうか。麻薬ってホントに怖いものなのに、これほど民族間で認識が違う事が不思議でなりません。

高齢者の「静かなてんかん発作」―最近のケースからー

高齢者のてんかんは口から泡を吹いてぶっ倒れるような派手なてんかんではありません。急にぼーっとして反応が薄くなり動作が減ったり止まったり奇妙な動きをしたりします。数分で戻るのですが完全に回復するまでの数時間、寝ぼけているような感じになります。これが「静かな発作」です。その間、話しかけてもまともな返答がなくとんちんかんな受け答えをするため、家族が認知症と勘違いしたり、主治医でさえ区別が難しいことがあるのです。当院での症例を紹介します。年齢、職業は変えています。

79歳の男性。75歳まで電気屋を自営していたが、引退後は家にとじこもり気味になっていた。家族がこのままだと認知症になると心配していたところ、77歳の頃、話しかけても反応が鈍く、会話がトンチンカンになり、昨日話したことを覚えていない事が増えてきた。呼びかけても返事がなかったりこたつでテレビを見ているのに時々身体をゆらゆらさせてちゃんと見ていないことも増えてきた。大事な話を覚えていないのは難聴のせいで、返事をしないのはもともと無口なので理解はしているが返事が面倒なだけだろうと思っていた。しかしそういう状況が徐々に増えたので認知症が心配になってかかりつけ医を受診したところ、アルツハイマー型認知症と診断され投薬が開始された。それから2年後歯磨き中に意識を消失して倒れ頭部打撲を来たしたため、当院を受診されました。

この2年間のお話を詳しく伺ったところ、この方は高齢者てんかんを自宅で繰り返し起こしていたと考えられました。意識消失発作の場合はわかりやすいのですが、「静かな発作」をくり返すケースは発見しにくいのです。意識がしっかりしている時と発作を起こしてぼーっとしている時とでは本来はかなり違うはずなのですが、この方はこたつに入って黙ってテレビを見るような生活習慣で、無口で難聴。発作がわかりにくく、発作後の寝ぼけ状態も眠たくてぼんやりしているんだろうと家族が判断してきたのです。高齢者てんかんはくつろいでいる時に起こりやすく、身体がゆらゆらしていたのは「自動症」という特徴的な症状なのですが、かかりつけ医も家族からの問診で認知症と判断した可能性があります。

今回、意識消失発作を起こしたために、問診と脳波で確定診断を行い、正しい診断を導くことができました。高齢者のてんかんはこれからさらに増えると予想されますので家族も医師も注意が必要です。最近は治療効果が高く安全な抗てんかん剤薬がたくさん出ていますので、この方もふさわしい薬を選択して内服を続けた結果てんかん発作は消失し、とんちんかんな会話やボーっとする症状も消失させることができました。

iPS細胞を用いたパーキンソン病治療

iPS細胞を用いたパーキンソン病治療

かつて「蝶のように舞い、蜂の様に刺す」と評され華麗なフットワークでファンを魅了したボクシング元世界王者故ムハメド・アリがパーキンソン病に罹患し、不自由な体でアトランタオリンピック開会式の聖火台に立った姿は今でも目に焼きついています。日本では重量級ボクシングを見る機会が少なかったのでジョージ・フォアマンやジョー・フレーザーとの死闘をあの頃子供だった私たちはテレビにかじりついて見入ったものでした。当時は良い薬が少なかったこともあり症状の進行も早かったのですが、近年では多くの治療法が試される時代になりました。中でも山中教授のiPS細胞は進行したパーキンソン患者にとってまさに福音となりそうです。

パーキンソン病は50代から60代で発症する事が多く日本では1000人中1人~1.5人の頻度で発症します。パーキンソン病は脳の中の中脳にある黒質という部位で作られる「ドーパミン」が減少して起こるのですが、なぜ黒質が破壊されて「ドーパミン」が作られなくなるのか、その原因はわかっていません。ドーパミンは身体の動きや意欲などの精神機能に関わっていますのでこれが減少すると、①振戦(手足の震え)②筋固縮(筋肉のこわばり)③動作緩慢(何をするにも動作がゆっくりになる)④歩行障害(足がすくんだり、加速歩行になる)⑤自律神経症状(便秘、たちくらみ、排尿障害、睡眠障害など)が起こってきます。

このパーキンソン病に対する治療は薬物治療と運動療法が主流となっていますが、近い将来iPS細胞(人工多機能性幹細胞)による画期的な治療がスタンダードになる日がくるかもしれません。人間の皮膚などの体細胞に特殊な操作を加えることによって、さまざまな組織や臓器に分化できる能力を持つ細胞を生み出した山中先生はそれをiPS細胞と命名したのですが、これが下図のようにパーキンソン病にも応用され始めています。

京都大学iPS細胞研究所ではiPS細胞からドパミン産生細胞を作りパーキンソン病のサルの脳に移植する実験を続けていましたが、その結果ドパミン産生細胞が順調に生着しがん化などの副作用がないことを確認したため、ついにヒトでの応用を開始したということです。今のところ治験は7人。今後2年間、症状の改善や副作用の有無について厳密なチェックが行なわれるそうですが、その結果で臨床応用への道が開けることになります。一刻も早くこの治療を一般の患者さんに届けられる時代になればいいと願います。

においと方向感覚と、そして認知症

においと方向感覚と、そして認知症

においによって記憶が呼び覚まされることは私たちの日常でもよく経験します。心理学の本をパラパラと見ていると「ブルースト現象」という言葉を目にすることがあります。これはフランスの作家マルセル・ブルーストの「失われた時を求めて」という小説の中で、主人公がマドレーヌと紅茶の香りで少年時代を思い出すというシーンに由来するものだそうです。徒歩通勤をしていて風の匂いで懐かしい感覚がよみがえるのもそれに近いかもしれません。

においと認知症

認知症の早期に嗅覚が低下するという現象は良く知られています。ただし嗅覚が弱っているからといってそれが認知症のサインというわけではありませんし、匂いによるアロマテラピーが認知症の進行を遅らせるという証拠もありません。証明されているのはあくまで認知症の患者さんでは嗅覚が落ちているという事実です。認知症の初期症状の記憶障害は「海馬」の萎縮で起こりますが、海馬のすぐ外側にある「嗅皮質」も同時に萎縮しているため、アルツハイマー型認知症の人は正常高齢者に比べて嗅覚が低下しているのです。MCIといわれる軽度認知障害の方でも嗅覚低下を訴える方は時々いますし、重症化した認知症の方が自分の周りの臭いに気づかず不潔になりやすいのもそのためです。

においと記憶、そして方向感覚

私たちヒトにとってにおいは美味しい物を味わったりリラックスしたり特別な時に役立つものですが、もともと動物にとってにおいは生存するためのえさや獲物を得る時に最も大切な知覚でした。さらに周囲は敵だらけなので天敵のにおいも記憶する必要があったでしょう。においと記憶はお互いを刺激し合って進化してきたに違いありません。

今年10月、ネイチャーコミュニケーションという医学雑誌に興味深い論文が発表されました。カナダモントリオールの大学の精神科から出された論文で「匂いに敏感な人は方向感覚にも優れている」という内容です。動物がにおいを記憶する時、彼らはその場所も同時に記憶しています。貴重な食べ物がある場所や危険な場所をにおいと共に記憶しなくては意味がないからです。

この研究ではボランティアを二つのグループに分けます。ひとつはにおいに敏感なグループ。もうひとつはにおいに鈍感なグル―プです。それぞれにテレビゲーム(図a)をやらせます。

においと方向感覚と、そして認知症

そのゲームは仮想都市の迷路に入って行って決められたターゲットを早く見つけて帰還するようなゲームです。なかなか面白そうです。

においと方向感覚と、そして認知症

その結果(図b)の様に、においに敏感なグループほど(右に行けばいくほど)、空間認知能力が優れている(上の方に●がたくさんある)ことがわかったのです。

認知症に記憶障害や嗅覚低下、道に迷うなどの症状があることを考えると、この三つの症状は密接に関連していてまさに動物が生きるために一番必要な能力なのだと考えさせられます。

「物盗られ妄想」は怪しいサイン(地域紙連載インタビュー記事より)

記者
前回、先生は認知症の始まりは「物忘れ」だけでなく、「怒りやすさ」、「興奮しやすさ」といった性格の変化も重要なサインだとおっっしゃいましたが、それ以外にも早期の認知症を疑わせる徴候はあるのでしょうか。
松田
そうですね。認知症の症状は物覚えが悪くなる、日にちがわからなくなる、理解力の低下、今まで使えたものが使えなくなるなどの「中核症状」と、怒りやすくなる、自発性が無くなるなどの「行動心理症状」に分けられます。この「行動心理症状」の中で最も多いのが物盗られ妄想なんです。
記者
他人が勝手に部屋に入って色んな物を盗んでいくという訴えですね。
松田
はい。しかもその対象は身近な人に向けられる事が圧倒的に多いのです。同居している家族や世話をしてくれるお嫁さん、たまに遊びに来る親戚の人、施設に入っている場合はそこを管理している人や掃除をしてくれる人、同じフロアに住んでいる住人などを疑う事が多くトラブルになるのです。
記者
でもその場合、それが事実なのか妄想なのか区別がつかない事がありませんか。
松田
確かにそうです。まことしやかに話すので周囲の人を巻き込んで騒動になることも多々あります。その訴えは非常に執拗で回数が多く、絶対にあり得ないことだと説明しても聞く耳を持たないことが多いんです。認知症の方は記憶力が落ちていますので、何をどこにしまったかを忘れてしまっています。自分がしまったはずのところにそれがないと大変不安になるので、その不安を解消するために「人に盗まれた」という発想が生まれるわけです。周りの人も最初は本当の話かもと信じるのですが、その回数が増えてくるとさすがにそんなことはあり得ないだろうと気づき始めるのです。
記者
そうなんですね。具体的にはどんな物がなくなるという訴えが多いのですか。高価な物を盗まれたと言う事が多いのですか。
松田
めがねとか通帳、保険証など生活に密着しているものが多いのですが「宝石を嫁が盗っていく」という訴えもあり千差万別です。しかも、一度なくなったものが別の所から出てくるので、誰かが部屋に入ったと言って大騒ぎしたり何度も警察を呼んだりします。防犯カメラを付けても、映らない所から侵入したに違いないと、あり得ないことでしょうと説得しても考えを変えてくれません。
記者
ということは、「物盗られ妄想」があるとかなりの確率で認知症の始まりだと考えてもいいものなのでしょうか。
松田
認知症外来をやっている私たちは、物盗られ妄想は認知症の中でも「アルツハイマー型認知症」の初期症状だと判断しています。御家族が連れてきて頂かないとなかなかすぐに受診には繋がりませんが、検査をすると記憶力や理解力、判断力も並行して低下している事がはっきりしてきます。アルツハイマー型認知症の方は「とりつくろい」が上手なので普通の会話では気づかれないことが多いのです。
記者
前回、早期発見が大切というお話しでしたが、物盗られ妄想の方に対してはどのように接していけばいいのでしょうか。
松田
この対処法は本当に難しい問題です。「長年世話をしてきた私が何故こんな事を言われなければいけないのだろう」と苦しんでいる家族も多いですし、施設ではマスターキーを持っている管理者が疑われたり、あの階には泥棒がいると吹聴されたりして対処できなくなっているケースもあるのです。頭から否定するといっそうかたくなに訴えますので、ある程度は傾聴する必要はあるのですが・・・・。
記者
不安が原因になっていると先程伺いましたので不安を取るように接していくことが大切なのでしょうが、でも訴えの全てを受け入れてしまうこともできませんよね。
松田
そのとおりなんです。一緒になって警察に電話したり犯人探しをするわけにはいきませんので、やはり否定すべきところはきちんと否定する必要があります。説得することは難しいのですが、「もう一回一緒に探してみましょう」「ちゃんと戻ってきているんだから大丈夫ですよ」などと話して、少なくともその時だけでも安心させるように努めるといいと思います。頻度が増えて手に負えない時はどうしてもお薬が必要になります。物盗られ妄想の特効薬はありませんが、物忘れ外来では不安やいらいらを少しでも和らげるような処方をしています。

致命的にもなる「高血圧性脳症」

致命的にもなる「高血圧性脳症」

高血圧では常に血管の壁に高い圧がかかっているので、血管の壁が障害されて厚くなり、動脈硬化を起こします。動脈が硬くなると血管は弾力性を失うのでさらに血圧が上がります。この悪循環が原因で脳梗塞や脳出血、心臓では狭心症や心筋梗塞がおこります。

また、高血圧に糖尿病、高脂血症、肥満が加わると血管の状態は急速に悪くなりますので、この四つの病気がそろった状態を「死の四重奏」と呼んだりします。

万病のもとになるこの高血圧症を治療せず放っておくと「高血圧性脳症」を発症することがあります。「高血圧性脳症」は血圧が異常に上昇して脳障害が引き起こされる「高血圧性緊急症」の一種で、時には致命的にもなる病態です。最近当院で経験した症例を紹介します。


「高血圧性脳症」と診断した58歳の男性のケース

数日前から頭痛、吐気、両足に力が入らない、顔や足がむくむ、気分不良などの症状で受診されました。診察室では非常に顔色が悪く、元気がなく、座っているのがやっという体調不良の様態でした。数日間食事が摂れていないせいもあり質問に対する反応は非常に鈍く、全身に力が入らないという状態でしたが、それでもなんとか車を運転して受診していました。一旦ベッドに横たわらせるともう起きあがれないほど頭痛と倦怠感が強く、意識状態はややもうろうとしていました。

血圧を測定すると血圧計では測定不能で、250mmHg以上の重症高血圧が疑われました。またCT検査では脳全体が高度に腫れており、広範な脳浮腫の所見でした。下の写真で脳の中央部が左右対称性に羽を広げたように黒くなっている所が脳浮腫で、脳幹部という意識の中枢も高度に腫れて黒くなっているのがわかります。意識レベルが落ちていたのはこのためだったのです。この方は独居で病院にかかったことも検診も受けた事もなく、長期に亘って高血圧を放置していました。「高血圧性脳症」と診断し、緊急で基幹病院の集中治療室に搬送しました。降圧や脳浮腫の治療を行い1週間後に退院することができましたが、腎機能障害、貧血症、低蛋白血症など他にも多くの病気を有していました。

致命的にもなる「高血圧性脳症」
致命的にもなる「高血圧性脳症」

原因は「脳血流の自動調節能」の破綻

人間の血圧は一日の中でも常時変動しています。脳内の血流量が血圧の変化でいちいち変化しては困りますので、脳の血管は拡がったり縮まったりして脳血流量を一定に保つようにコントロールしています。これが脳血流の自動調節能です。よくできた仕組みです。高血圧の人は健常者より高い血圧値までこのコントロールが効いているのですが、200mmHg以上の重症高血圧が続くとさすがにコントロールシステムが決壊し、一気に脳浮腫が引き起こされます。これが「高血圧性脳症」のメカニズムです。症状は頭痛、悪心、嘔吐、痙攣、意識障害などですが、最近は高血圧の治療がきちんと行われていますので症例は少なくなっています。この方もこのまま病院に来なければ生命に危険が及んだかもしれませんし、激しいけいれんを起こしたり、呼吸障害や腎機能障害を惹起することもありますので、高血圧の管理は大変重要です。

「神経神話」:右脳型人間、左脳型人間の幻想

「神経神話」:右脳型人間、左脳型人間の幻想

血液型と性格との間に何の相関もないことは周知の事ですが、今だにその幻想から逃れられない人たちがいます。遊びでやっているうちはまだいいのですが、社会的地位のある人たちまでが血液型で部下を区別したり、就職や人事を決める根拠にしては困ります。大人たちが正しい事を教えないと子供たちの友人関係にも影響が出ます。宴席でその話になると、私は長々と血液型レクチャーを始めるので友達に嫌がられています。

これと同じような幻想に「右脳型人間」「左脳型人間」というのがあります。先日見た雑誌に「スポーツに勝てるのはポジティブな考え方を維持できる右脳型人間だ」というような事が何の臆面もなく書かれていて大変驚きました。これが今問題となっている「神経神話」です。利き手や利き腕があるように脳にも「利き脳」がありそれによって人柄や性格や能力が影響を受けるという誤解は今でも根強くあります。左脳は論理や言語の脳なので「左脳型人間」は論理を重んじ、理性的で理屈っぽい傾向がある。右脳は感性の脳なので「右脳型人間」はクリエイティブで芸術家肌であるという風に勝手な見たてをするわけです。

この何の根拠もない間違った考え方は、90%以上の人の言語中枢が左脳にあることがきっかけになったものと思われます。確かに言語中枢の多くは左脳にあるのですが、あらゆる脳の働きは必ず左右の脳が統合されて行なわれているため、一方が優位になったり、利き脳になることはありません。言語中枢が左にあるために左半球を「優位半球」などいういい方をしますが、このような脳の機能を強引に人の性格にまで拡大させた結果だろうと思います。

左右の脳は「脳粱」(のうりょう)という神経線維の束で繋がれていて互いに連絡を取り合っています。脳神経外科では重症のてんかん患者に対しこの脳粱を切断する手術を施すことがあります。これを行うと左右の半球は分離して「分離脳」になり、左右の手が全く違う事をしようとしたり、眼に見えている物が何なのか判別できないなどの症状が出ます。左右の脳は別々に働いているのではなく、左右が統合されて、物を見たり認識したり思考したり行動したりしているのです。複雑な絵を理解したり音色を聴き分けたり、いい音楽に感動できるのも両半球の協調によるものです。

脳科学は飛躍的な進歩を遂げ、未知のテーマがひとつひとつ解明されてはいますが、まだまだ多くの謎が残されています。非常に神秘的な領域だけに「神経神話」と呼ばれる色々な俗説が生まれてくるのかもしれません。

参考文献:「脳と心のしくみ」池谷裕二監修2015他

急に出現し上行する両足の脱力・ギランバレ―症候群

急に出現し上行する両足の脱力・ギランバレ―症候群

脳は右半球と左半球に分かれていますので、当然の事ながら脳の病気はそのどちらか一方の半球に起こります。脳からの神経は延髄という場所で左右交差して下降しますので、右半球に脳梗塞や脳出血が起これば左半身の麻痺がおこり、左半球なら右の麻痺が起こります。その最も重症の型が半身不随ということになります。ですから手足の麻痺やしびれなどの症状が「片側」ではなく「両側」に起こってきた患者さんをみると、私たちは脳実質の病気はまず除外して考えます。神経学的に説明がつきにくいからです。

ギランバレ―症候群は風邪や下痢などの感染症の後、数日から数週間後に種々の神経症状を起こしてくる病気です。両足に力が入らず歩きにくくなる症状がまず起こり、その後左右対称性に上肢の脱力、顔面の麻痺、全身の麻痺へと進んでいきます。症状の程度はさまざまで通常は4週間以内に進行は止まりますが、中には嚥下困難や喀痰排出困難、呼吸筋麻痺などを併発する重症例もみられます。通常は進行が停止したのち2~4週間後から回復が始まり数カ月で治癒します。

この様な経過をたどる病気は症状が両側性ですので脳実質の病気でないことは明らかです。ギランバレ―症候群は上気道感染症、下痢などの原因となるウイルス(カンピロバクター)が引き起こす全身の末梢神経の病気で、自己免疫疾患一つに分類されています。末梢神経を構成する糖脂質という物質を免疫系が異物と認識してしまい、過剰な免疫反応で自らを攻撃し障害するのです。外来で疑われた場合は精密検査のために直ちに基幹病院の神経内科に入院していただくことになります。軽症のタイプでは特別な治療は必要なく数カ月で完治しますが、重症タイプでは急激に悪化し、呼吸筋麻痺、人工呼吸器装着となるケースもありますので、慎重な対応が必要な病気です。

抗認知症薬を保険適応から外したフランス事情

抗認知症薬を保険適応から外したフランス事情

フランスの医療保険制度はシビアです。ある薬が一旦保険適応になっても発売後にその効果が低いと判定されると徐々に保険でカバーされる割合が低くなります。7年前に抗認知症薬もその割合がかなり引き下げられていましたが、今回ついに保険適応から完全に外されることになったのです。

フランス保健省が決定した対象薬は4種のアルツハイマー型認知症薬、アリセプト、レミニール、イクセロン(リバスタッチ)、メマリーです。アメリカ、日本をはじめとする各国でこれらの薬は「病気自体を治したり食い止める効果はないが、進行を遅らせる効果がある」と認定されていますので、この決定が他国にすぐに影響を及ぼすことはなさそうですが、アメリカのガイドラインにも「効果は控えめ」と書かれていますので、これらの薬を処方する時は医師の説明義務と患者家族の理解が益々大切になると思います。

フランス保健省は、
①これらの薬を使っても病気の重症化を抑えられない②日々の生活の質をあげることはできない③施設への入居時期を遅らせることはできないと判断。一方で吐き気や食欲不振、下痢、めまいなどの副作用は無視できないということで今回の決定になったようです。

今回の決定は私たち日本の臨床医にも少なからずインパクトを与えましたが、考えるべきは日本の薬づけ医療へ反省と非薬物治療の重要性の見直しかと思います。日本の抗認知症薬の処方量はオーストラリアの5倍、1500億円だそうです。副作用の出やすい85歳以上への処方がその半分ということですので、その適応をもっと絞る事を考えるべきなのかもしれません。フランスでは認知症に対する非薬物治療の研究が進んでいますが日本では安易に薬を処方する習慣があります。薬はあくまで認知症治療の一つの手段と位置づけ、認知症患者を包む社会の環境や周囲の対応をどう変えていくのか、考えるべきことはたくさんありそうです。