ふらつきの種類
こういう病院川柳があります。「3時間 待って診断 加齢です」。
これは病院にかかった高齢者の方の切実な声であると共に、医療人にとっても突き刺さる言葉です。たとえ加齢が原因だとしても、少しでも良くなる方法、楽になる工夫、今後のアドバイスなど医師にしかできないことは多々あるのですから、「わざわざ病院に行ってよかった」と思ってもらえるような診療を心掛けたいと思います。
加齢による症状のひとつに「ふらつき」があります。「耳鼻科でも異常はないといわれた、脳外科でも異常はないといわれた。どこが悪いんですか。」「加齢です。」といったやり取りもどこかで行われていそうです。ふらつきというとまず内耳の三半規管を頭に浮かべる方が多いと思います。この三半規管に異常をきたし、激しく回転するめまい、耳鳴、難聴が起こる病気がメニエール病です。一方、外来でよく診る「ふらつき」は歩行中にふらっとする、ズボンを履こうとしてふらついた、立ち上がるときにバランスを崩したといった日常生活でのふらつきで、これはメニエール病とは全く違う病態です。
耳石器の老化と下肢筋力の低下
日常生活でふらつきがあるという訴えで受診される方は非常に多く、毎日必ず数人は診察しています。このふらつき感の原因の大半は三半規管ではなく、耳石器官の異常です。耳石器は脊髄への情報を介して、体を地面に対してまっすぐに保つために脚の筋肉をコントロールしています。これは専門的には「前庭脊髄反射」と呼ばれています。この反射には三半規管は関与していないので、耳石器と下肢筋肉の相互作用で制御されています。片足を挙げてズボンを履く時に体勢が変わると見ている景色も傾き、その時、視覚と耳石器と脊髄が瞬時に連携して、倒れないように筋肉をコントロールしてくれるのです。耳石器の働きが加齢で弱まり、さらに躯幹を支える下肢の力も加齢で弱まっていく。これがふらつきの大きな原因です。
ふらつきトレーニングの方法
耳石器を鍛える
加齢の何たるかも知らない若い医者に「加齢です」などとあっさり言われてあきらめてはいけません。トレーニングの方法は非常に簡単です。ただし、できたら誰かにそばにいてもらった方が安全かもしれません。
これを繰り返します。これを繰り返すだけで、左右の足の裏にかかる重力が変わり、見える景色も変わります。つま先、かかと、右足、左足と重心が変わる体位変換を繰り返し、生活の中でもし転倒しそうになってもなんとか持ちこたえられるバランス感覚を体に覚えこませるのです。
脚を鍛える
そのためには筋力も大切です。栄養も大切です。しっかりとタンパク質やカルシウムやビタミンを取って、最低限の下肢筋力を維持しなければ、ふらつきや転倒を予防することはできません。簡単な脚の筋力アップに最適なのは「簡易スクワット」です。机に両手をついて、可能な深さまで膝を曲げ、ゆっくりとたちあがります。これを1日20回やりましょう。腕の力を借りずに椅子から立ち上がるトレーニングも20回やりましょう。
このようにして平衡器官(耳石器)と脚の筋力の両方を鍛えることが、ふらつきを改善させる大切なポイントです。