認知症とは無関係:ど忘れの仕組み

認知症とは無関係:ど忘れの仕組み

物忘れが増えて認知症が心配です、と受診される方はたくさんおられます。認知症は「新しい事を極端に覚えられなくなる病気」、「だから直前の事をすぐに忘れてしまいます」。これは物忘れが増えたというのとは違う病態です。私たちが物忘れしやすいと感じる時、そのほとんどはど忘れです。その人の名前やその漢字を知っているのに出てこない、でもふとした瞬間に出てくることがある。そのような物忘れが多いのです。

私たちの記憶のうちで「いつでも自由に思いだせる記憶」と「時々思い出せなくなるけどよく考えると思いだせる記憶」のどちらが多いでしょうか。それはもちろん後者です。私たちの脳内には長い人生で蓄積された膨大な情報が詰まっています。ですから「ほら、誰だっけ、あの、昔の何とかという俳優さんよ、何とかという美人女優と結婚して、何とかという映画に出た人で・・・」などというぼんやりしたキーワードで検索しても、記憶中枢から引き出すのはなかなか難しいでしょう。グーグル先生でも難しそうなこの曖昧キーワードで何とか引き出せたのならむしろそれを褒めるべきなのです。

ど忘れは健(すこ)やかな物忘れなので健忘と呼ばれます。これはあくまで記憶を呼び出せないだけの状態です。認知症とは何の関係もありません。この呼び出すきっかけを脳科学では「プライミング」と呼んでいます。部屋を移動して何をしに来たか忘れた時は、そこで考えるのではなく、もとの部屋に戻って考えると思い出すことができます。ど忘れをした単語や人物名を呼びだす時は最初の文字や関連した出来事から思い出そうとします。このプライミング作業によって私たちは記憶を思い起こしているのです。

脳の神経細胞はいつも電気活動を行っているのですが、これは安定しているようで実は微妙な「ゆらぎ」があることがわかっています。ノイズと表現されるこの「ゆらぎ」は記憶の取り出しにも微妙に影響を与えています。記憶に関わる神経細胞にたくさん電気が溜まっている時と溜まっていない時では、記憶を検索したり引き出したりする能力に違いが出る。つまり誰の脳でも調子がいい時と悪い時があるのです。すっと思い出せたりなかなか思い出せなかったりする事があるのはそのせいかもしれません。「脳のゆらぎ」が記憶だけでなく、個人個人の意志決定にどんな影響を与えているのか、今、多くの脳科学者が研究に関わっています。

参考文献 ホルツ&マーチン 失われた記憶の再生と回復他 2004他

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