認知症と車の運転 1

認知症と車の運転 1

高速道路走行中を逆走する車が増えています。その多くは高齢者、そしてその多くは認知症患者と考えられています。物忘れ外来アルツハイマー型認知症を中心とする認知症の方をたくさん診ていますと、こんなに進行した認知症の人が運転して来ているの!?と驚かされることがしばしばです。しかも家族がそれに同乗していることが多いのです。著名なコメンテーターがテレビで「家族がきちんと見ていれば運転するのを止めさせられたはず」といった机上のコメントをしていましたが、それができない家庭の諸々の事情があるのです。

法律はどうなっているの?

警察庁運転免許課が法律で定めている「免許の可否等の運用基準」には、統合失調症、そううつ病、てんかん、再発性の失神、重度の眠気をおこす睡眠障害、脳卒中(後遺症)、アルコール中毒症、認知症についてそれぞれの条件が記載されています。4大認知症(アルツハイマー型認知症、血管性認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症)については「運転免許申請の拒否、又は免許の取消し」とはっきり書かれていますので私たち医師もそれをまず前提に説得しなければいけないことは明白です。認知症の疑いがある方やまだ軽度の方に対しては「その後、認知症となる可能性があるので6ヵ月ごとに適性検査を行うこと」とされています。

認知症ドライバー引き起こす交通事故の現実は?

  1. 認知症患者の30%から50%が交通事故を起こす。これは健常者の5倍の頻度。
  2. 信号無視を起こしやすい。(抑制の欠如、注意力の低下、記憶力障害)
  3. 急な方向転換で巻き込み事故を起こしやすい。(行き先を忘れている、判断力低下)
  4. 高速道路逆走、踏切への進入。(標識を理解できない、判断力低下、パニックを起こす)
  5. 歩行者の妨害、接触を起こしやすい。(注意力低下、視空間失認)

認知症ドライバーが減らない理由は?

そこには患者さん自身の問題と御家族の問題があります。アルツハイマー型認知症の患者さんは一般的に病識がありません。今日の日にちすらわからないレベルであっても「自分は物忘れなどないのに家族に無理やり病院に連れて来られている。」と感じている方が多くおられます。そのような病状の方に運転をしないように指導しても本人の心中を察すれば「問題なくこうやって運転して通院しているのに、何故運転をやめる必要があるのか。」という気持ちではないでしょうか。また、女性よりも男性は運転免許を維持して運転するという行為に一種の喜びやプライドを持っていることが多く、それが社会とのつながりの一部になっていますので、おいそれと運転をやめてはくれないのです。強引な手段をとると激昂して手がつけられない事にもなりかねません。

では御家族はどうでしょうか。御家族のサポートが可能な恵まれた環境ならば免許の更新をさせない、キーを与えない、車を売却するなどの有効な手段を取ることができます。しかし、最近は二人で支え合って何とか毎日の生活を送っておられる老夫婦が大変多いのです。足腰の弱った二人にとって老夫が車の運転をしなければ病院にも行けません。日々の買い物にも行けません。そんな買い物弱者は都会でも増えています。ちょっと奥まった地域になるとなおさらです。ですから「危ないですから運転をやめさせましょう。」とおばあちゃんにお話ししても決していい返事は返ってきません。「この人はボケてしまいもう今言うたこともすぐ忘れますが、運転だけはなーんも心配いりません。50年も乗っとるとです。ベテランですけん大丈夫。」と言って取り合ってくれないのです。私の提案を受け入れると明日からの自分たちの生活にさっそく支障が出るのですからある意味仕方のない反応なのです。

解決策は?

難しい問題です。「今のところ日常生活にもさほど支障はないでしょうが、車の運転にもだんだん影響が出てくるんですよ。御自分では大丈夫と思っていても一旦交通事故を起こして人をあやめてしまったら取り返しがつきませんからね。」そのような説得を毎日くり返すしかありません。運転に必要な能力を維持しているのかどうかを適正に判断できる装置や方法は確立していません。同じ認知症といっても種類も程度も様々です。警察が行なっている適性検査やシミュレーションは精度が低く時間的制約もありますので正確に認知症を判別できていません。多くの認知症の方々が悪質な詐欺の被害にあっている現実も同様ですが、状況判断のできない認知症患者が普通に街を運転している怖さを私たちはこれから益々思い知らされる時代になるでしょう。2025年、認知症患者は700万人になると厚労省は予測しています。警察、行政、医師会全体でも取り組んでいかなければいけない大きな社会問題です。

家族が注意すべき「運転行動の変化」は?

  • 車庫入れに失敗する事が増える。
  • センターラインを越えて走る。
  • 右折左折時に路側帯に乗り上げる。
  • 車間距離が短くなる。
  • 右折時に直進車を待たずに曲がろうとする。
  • ウインカーを出さずに急に曲がろうとする。
  • ふだん通らない道に出ると迷う。
  • ふだん通らない場所に出るとパニックになる。

参考 CNS today vol3.No.1 Medical Tribune Feb 2013

関連記事

  1. 【健脳作戦】認知症にならない脳を作ろう

    【健脳作戦】認知症にならない脳を作ろう

  2. においと方向感覚と、そして認知症

    においと方向感覚と、そして認知症

  3. 糖尿病とアルツハイマー型認知症の深い関係

    糖尿病とアルツハイマー型認知症の深い関係

  4. 「前頭側頭型認知症」という病気

    「前頭側頭型認知症」という病気

  5. どこからが認知症?

    どこからが認知症?

  6. 「高次脳機能障害」の4大症状

    「高次脳機能障害」の4大症状

ピックアップ記事

  1. 子供の「ぶよぶよたんこぶ」と「固いたんこぶ」いつ治る?
  2. 「運転したい」高齢者VS 「やめてほしい」家族
頭痛関連記事
最近の記事 よく読まれている記事
  1. 新しい認知症治療薬「レケンビ(レカネマブ)」Q&A
  2. さまざまな失神
  3. 中高年の理想的なダイエット
  4. 持続性知覚性姿勢誘発性めまい
  5. 鎮痛剤の使い過ぎによる頭痛(頭痛外来でまずは正しい診断を)
  1. スポーツ顔面外傷の注意点
  2. 子供のスポーツと脳震盪(のうしんとう)
  3. 腋窩多汗症(ワキ汗)のボツリヌス療法
  4. 頭部打撲による「外傷性髄液漏」とは
  5. 子供の「ぶよぶよたんこぶ」と「固いたんこぶ」いつ治る?
PAGE TOP