「神経神話」:右脳型人間、左脳型人間の幻想

「神経神話」:右脳型人間、左脳型人間の幻想

血液型と性格との間に何の相関もないことは周知の事ですが、今だにその幻想から逃れられない人たちがいます。遊びでやっているうちはまだいいのですが、社会的地位のある人たちまでが血液型で部下を区別したり、就職や人事を決める根拠にしては困ります。大人たちが正しい事を教えないと子供たちの友人関係にも影響が出ます。宴席でその話になると、私は長々と血液型レクチャーを始めるので友達に嫌がられています。

これと同じような幻想に「右脳型人間」「左脳型人間」というのがあります。先日見た雑誌に「スポーツに勝てるのはポジティブな考え方を維持できる右脳型人間だ」というような事が何の臆面もなく書かれていて大変驚きました。これが今問題となっている「神経神話」です。利き手や利き腕があるように脳にも「利き脳」がありそれによって人柄や性格や能力が影響を受けるという誤解は今でも根強くあります。左脳は論理や言語の脳なので「左脳型人間」は論理を重んじ、理性的で理屈っぽい傾向がある。右脳は感性の脳なので「右脳型人間」はクリエイティブで芸術家肌であるという風に勝手な見たてをするわけです。

この何の根拠もない間違った考え方は、90%以上の人の言語中枢が左脳にあることがきっかけになったものと思われます。確かに言語中枢の多くは左脳にあるのですが、あらゆる脳の働きは必ず左右の脳が統合されて行なわれているため、一方が優位になったり、利き脳になることはありません。言語中枢が左にあるために左半球を「優位半球」などいういい方をしますが、このような脳の機能を強引に人の性格にまで拡大させた結果だろうと思います。

左右の脳は「脳粱」(のうりょう)という神経線維の束で繋がれていて互いに連絡を取り合っています。脳神経外科では重症のてんかん患者に対しこの脳粱を切断する手術を施すことがあります。これを行うと左右の半球は分離して「分離脳」になり、左右の手が全く違う事をしようとしたり、眼に見えている物が何なのか判別できないなどの症状が出ます。左右の脳は別々に働いているのではなく、左右が統合されて、物を見たり認識したり思考したり行動したりしているのです。複雑な絵を理解したり音色を聴き分けたり、いい音楽に感動できるのも両半球の協調によるものです。

脳科学は飛躍的な進歩を遂げ、未知のテーマがひとつひとつ解明されてはいますが、まだまだ多くの謎が残されています。非常に神秘的な領域だけに「神経神話」と呼ばれる色々な俗説が生まれてくるのかもしれません。

参考文献:「脳と心のしくみ」池谷裕二監修2015他

関連記事

  1. 脳科学から考える「浪費脳」と「貯蓄脳」

    脳科学から考える「浪費脳」と「貯蓄脳」

  2. ホントに役に立つのかな?乳幼児の知育玩具

    ホントに役に立つのかな?乳幼児の知育玩具

  3. 日本人の慎重遺伝子

    日本人の慎重遺伝子

  4. 味覚の脳科学「おいしいと感じる仕組み」

    味覚の脳科学「おいしいと感じる仕組み」

  5. 「不安」と「嫉妬」の脳回路

    「不安」と「嫉妬」の脳回路

  6. 不眠の脳科学(3) 交代勤務者の睡眠術

    不眠の脳科学(3) 交代勤務者の睡眠術

ピックアップ記事

  1. 「子供への虐待による外傷」の特徴を探る
  2. 片頭痛にめまいが合併する「前庭性片頭痛」
頭痛関連記事
最近の記事 よく読まれている記事
  1. 新しい認知症治療薬「レケンビ(レカネマブ)」Q&A
  2. さまざまな失神
  3. 中高年の理想的なダイエット
  4. 持続性知覚性姿勢誘発性めまい
  5. 鎮痛剤の使い過ぎによる頭痛(頭痛外来でまずは正しい診断を)
  1. 「運転したい」高齢者VS 「やめてほしい」家族
  2. 帯状疱疹と顔面神経麻痺:(ラムゼイハント症候群)
  3. 子供が頭を打った(頭部打撲)時の確認手順
  4. 新型コロナウイルス感染の正しい怖がり方
  5. 高齢者の頭部打撲でおこる「慢性硬膜下血腫」について
PAGE TOP