味覚の脳科学「おいしいと感じる仕組み」

味覚の脳科学「おいしいと感じる仕組み」

私のクリニックでの受診を終えたご婦人が近くのバス停でバスを待っていたところ、歩道をかなりのスピードで走って来た自転車と接触して転倒。激しく尻もちをついた衝撃が脳に伝わり嗅神経を損傷してしまいました。2年後の今も匂いが全く分からず、そして食べたものが全く美味しく感じられないという大変な後遺症が残ってしまったのです。

何故そのようなことになってしまうのでしょうか。最近発行されたある科学雑誌に「私たちが味と考えているものはかなりの部分が風味であり、嗅覚がもたらすものです」というモネル化学感覚研究所のロバート・マルゴルスキー博士の言葉が載っていました。このような実験があります。鼻をつまんで白いジェリービーンズをかむと、すぐに舌で甘さを感じます。味蕾から脳の味覚中枢に刺激が伝わって甘さを認識するのです。でもこれはなんの変哲も味わいもないただの甘さです。しかしその指を離すとたちまちおいしいバニラの風味が一気にひろがります。次に、鼻をつまんだ状態で舌にバニラエッセンスを一滴垂らすと今度は何の味もしません。バニラエッセンスには香りがあるだけで何の味もないからです。

私たちが味と感じているものは実は「風味」です。食べ物をかんで、飲みこみ、息を吐くと、食べ物に含まれる揮発性の成分が喉から鼻の奥(後鼻腔)へ入っていきます。そして400種類といわれる嗅覚受容体と結び付くのです。

脳科学的にみても「風味」とは実に興味深いものです。面白いのは脳は単に鼻先から入ってくる匂いと食べ物をかんだ時に生じる匂いを区別して認識しているらしいのです。くんくんと何かを匂った時の単純な匂いは匂いの中枢で処理されるのですが、後鼻腔から来た匂いは舌で感じた味の情報と統合して処理され、そこで「風味」とよぶ感覚が作り出されるのです。

私たちは風邪をひいて鼻がつまってしまうと食べ物の味わいがなくなることを経験的に知っています。食べたものの中にある揮発性物質が嗅覚中枢に届かなくなるからです。先に書いた御夫人も事故によって嗅覚が奪われ、生活が味気ないものになってしまったことは本当に気の毒です。頭を直接打撲しなくても尻もちの様な外傷でも脳内に出血を来たしたり、嗅神経が損傷される事は時々見られる事例です。

味覚の脳科学「おいしいと感じる仕組み」

味覚の脳科学「おいしいと感じる仕組み」

関連記事

  1. 「不安」と「嫉妬」の脳回路

    「不安」と「嫉妬」の脳回路

  2. 不眠症の脳科学(1) 脳が眠くなるのは起床16時間後

    不眠症の脳科学(1) 脳が眠くなるのは起床16時間後

  3. 脳科学から考える「浪費脳」と「貯蓄脳」

    脳科学から考える「浪費脳」と「貯蓄脳」

  4. 不眠症の脳科学(2) 5分でも有効。正しいお昼寝の作法。

    不眠症の脳科学(2) 5分でも有効。正しいお昼寝の作法。

  5. 「神経神話」:右脳型人間、左脳型人間の幻想

    「神経神話」:右脳型人間、左脳型人間の幻想

  6. 不眠の脳科学(3) 交代勤務者の睡眠術

    不眠の脳科学(3) 交代勤務者の睡眠術

ピックアップ記事
  1. 片頭痛にめまいが合併する「前庭性片頭痛」
  2. 頭部打撲による「外傷性髄液漏」とは
頭痛関連記事
最近の記事 よく読まれている記事
  1. 「加齢」と「ふらつき」と「トレーニング」
  2. 「福岡頭痛外来ネットワーク」のこと
  3. 発達障害の脳科学4(ADHDのメカニズム)
  4. 発達障害の脳科学3(ASDのコミュニケーション障害)
  5. 発達障害の脳科学2(脳内で起こっている事)
  1. 子供のスポーツと脳震盪(のうしんとう)
  2. 腋窩多汗症(ワキ汗)のボツリヌス療法
  3. 片頭痛にめまいが合併する「前庭性片頭痛」
  4. 新型コロナウイルス感染の正しい怖がり方
  5. 「子供への虐待による外傷」の特徴を探る
院長ブログ
アーカイブ
PAGE TOP